良易先生の開運スポット旅行記 -2ページ目

良易先生の開運スポット旅行記

占い師の良易です。人生開運の一つとして、パワースポットを
訪ねる事も有効とされています。愛知から日帰りでいける
パワースポットを紹介しています。

良易先生の京都都市伝説】
京都の最新パワースポット太秦蚕ノ社の不思議な三角鳥居

京都太秦 広隆寺の隣、蚕ノ社は不思議な三角の鳥居があります。
かつてここには水があふれていました
【住 所】右京区太秦森ヶ東町50
【電 話】075-861-2074
【交 通】京都駅から地下鉄にのり三条 三条から市電
【御祀神】木花咲耶姫、雄略天皇


小説風で書いてみました。
登場人物…      
お馴染み 良易先生 (61才)占い師
京都の友人 源さん (72才)男性

ある昼下がりの事でした。リーン リーン 携帯電話のベルが会社の机の
上で鳴り出し、事務仕事を終え、うとうとしていた所を目覚まし替わりに
着信名を見ると京都の「源さん」からです。

「良易先生、お久しぶりです。お元気ですか。こちらは観光シーズンも
一服し、落ち着きを取り戻してきましたよ。実は最新のパワースポットとして、
今話題になっている場所があるんです。私の家の近くなんですよ」

「源さん、ご無沙汰しています。確か源さんのお住まいは、
太秦の広隆寺の近くでしたね」
「そうです、実は広隆寺の隣にある蚕ノ社が最近パワースポットとして、
訪れる人が急に増えてきましてね、先生にお知らせしようと電話しました」

「何か変わった物でもあるのでしょうか」
「実はここの神社の鳥居は日本では珍しい三角形の組み合わせの鳥居で
かつて飛鳥時代に権力をふるった秦氏の関係がある神社なのです。」
電話でお話ししている内に心は京都に飛んでいました。

新幹線に乗り京都駅に到着、久しぶりに源さんのお元気な顔を
見ることが出来ました。
地下鉄と市電に乗り換えて蚕ノ社のすぐ近くの駅で降り、
閑静な住宅地を抜けると神社が見えてきました。
あっ 意外にこぢんまりとした神社なんだ。でもなんだか神秘的な
雰囲気の漂う場所です。
鳥居をくぐるとまずお払い殿が目に飛び込んで来ます。
木々に囲まれた左手に目をやると、お狐様が見えます。
「源さん,お狐さんがあると言うことは、お稲荷様もお祀りしてあるのですか」
「そうみたいですね、
おきつねさんが素通りするなとこちらを見ているようですね
帰りに参拝して行きますか」

まずは本殿を参拝します。【京都ナビのサイトから抜粋】
本殿祭神の天之御中主命(あめのみなかぬしのみこと)外四柱は、
秦氏が祀った水の神が始まりとされているが、
太古からあったこの地の祭祀権を秦氏が入手した段階で、
先住民の神が天之御中主命か大国魂神に変えられたとの説もある。
この神は、平安時代には祈雨の神として信仰を集めていたらしく、
参詣の人も多かったことが文献から判明しているという。

この日は蚕ノ社を研究している人たちも数名きていました。
地図と本を片手に討論をしていました。
本殿の参拝を終え、左手の鳥居をくぐると、窪地が有り
その奥に三角の鳥居が有ります。
階段を数段下りると、石垣に囲まれた池の様な物が目に付きます。
その右手に竹の格子が組んであます。
どうやらその奥に三角の鳥居があるようです。

「先生、鳥居が見えますか。不思議な形をしているでしょう。
ところで足下と、鳥居の下が何か変わっていません。
実はここはかつて池の中にあったんですが周辺が開発され
住宅が沢山出来てから、水がかれてしまったんです。
先生の立っている所は昔は池の中でした」

「そうでしたか、しかし不思議な形をした鳥居ですね。
秦氏の創設した神社と言うからには、イスラエルのユダヤの人や
キリストとなにか関係あるのでしょうか」
「創設当時はこの池で、禊ぎをしたと言われていました」
「それは、キリスト教信者さんの行うパプステマ(洗礼)ですか」
「そうともいえますね。遠い故郷を思い出して行っていたのでしょう」
【京都ナビのサイトから抜粋↓】
本殿の西側に、四季を通じて湧水する神池がある(近年は水が涸れている)。
「元糺の池(もとただすのいけ)」と称される池で、「糺(ただす)」は、
「正しくなす」「誤りをなおす」の意味。池の水は境内を流れていて、
夏の土用丑(うし)の日に、この池の水に手足を浸すと諸病によいとされ
庶民の間で厚く信仰されていたという。これは、
平安時代に貴族の間に流行した身滌
(身に、罪や穢れのあるときに心身を清める)
という風習が庶民の間で採り入れられたものという。

境内の静けさをかき消すような、
元気の良い声が入り口の一の鳥居当たりから
聞こえてきます。稚児達が神の使いとばかり
手をつなぎ輪になってこちらへ来ます。
「そうそう、先生この神社には保育園が併設されているんです。
ちょうど午後の散歩の時間になったみたいですね」

このような素晴らしい場所で小さい頃からいる稚児の中から
将来は日本を動かす人物が輩出される予感を後に
蚕ノ社を去りました。
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【良易先生の京都都市伝説】祇園祭発祥の地八坂神社は怨霊を鎮める所
祇園祭り発祥の地、八坂神社は怨霊を鎮める神社です。
参拝すると美人になれる神社も有ります
【住 所】京都府京都市東山区祇園町北側625番地
【交 通】市営京都バス206系 ギオン下車

【ウキィペディアより】
かつての社名から祇園さんの愛称で呼ばれる。7月の祇園祭(祇園会)で知られ、
ほかに特殊神事として白朮(をけら)祭がある。旧社格は官幣大社。
中世には二十二社の下八社のひとつとされた。
慶応4年(1868年)の神仏分離令(廃仏毀釈運動)により、
元々「祇園神社」「祇園社」「祇園感神院」と呼ばれていたのが、
「八坂神社」と改められた。
八坂神社を総本社とし、素戔嗚尊(スサノオ)を祭神とする神社が、
日本全国に約2300社あるとされる。

【感想】
祇園のランドマークで有り、観光客や修学旅行の生徒が絶えない場所ですが、
ここにもすさまじい都市伝説が有ります。毎年夏に開かれる、祇園祭りと関係が有ります。
アマテラス尊の弟尊 スサノオ尊がお祀りしてありますが、京都に疫病が蔓延したとき、
怨霊のせいと考えた桓武天皇は、それを鎮めるために始めたお祀りが「祇園祭り」です。
その怨霊とは「スサノオ尊」の事です。

又摂社として拝めば美人になると言われる美御前神社を始め
恋愛縁談の大黒様等様々な神様がいらっしゃいます。
参拝客には芸能人や舞妓さん、美容関係者の方も多く見えます。

本殿の地下と通じる名水も有りますので飲んでみることもお勧めします。
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【良易先生の京都都市伝説スポット】六道珍皇寺はあの世へ通じる道が有るお寺です。 
【京都都市伝説スポット】地獄と現世を活きた小野篁はここのお寺の井戸を通ってあの世と現世を往来しました
【住 所】東山区松原通東大路西入北側
【電 話】 075-561-4129
【交 通】市バス206系 清水道下車
【休 日】無休 井戸は春のゴールデンウイークに公開
パンフレット】
六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)は、京都市東山区にある臨済宗建仁寺派の寺院。
山号は大椿山。
本尊は薬師如来。
8月7-10日の六道詣り、小野篁が冥界に通ったと伝わる井戸で知られる。
通称六道さん。この付近が「六道の辻」であるとされる。
小野篁(802年~852年)は平安時代初期の学者、歌人、官吏で
「令義解」の選者として有名で、
小野道風や小野小町の祖父になる人ということです。
福井にいると盂蘭盆(うらぼん)といっても、特別な行事は見あたらないのですが、
京都では五山の送り火を初めとして、様々な行事があります。

【感 想】
近くに八坂の塔、清水寺など有名な神社が有りますが、
ここへほとんど訪れる観光客はいません。
それもそのはず、京都の第一級の霊界スポットといわれています。
かつてここは京都の東の外れで死者を葬る場所でした。
賑やかさは全く有りません。

小野篁があの世とこの世を往来したと伝えられる井戸は、
毎年お盆と春の連休のみ公開され
普段は格子越しのみ見ることが出来ません。
ビデオを撮影中も何か背中がスートした感じでした。

すぐ西隣は、幽霊が子育てをするために飴を求めたお店が有ります。
あいにく定休日でしたので看板から雰囲気を察してください。
【文献】
小野篁 身は宮廷に使え、魂は地獄の閻魔様に使えていて、
現世と地獄を行き来していた。
かって篁が罪に問われたときに弁護してくれ罪を許された。
その時の藤原良相が亡くなったとき
閻魔様の前に引き出され居並ぶ冥官達に生前の罪の吟味をされる事と相成った。

その中に篁がいて「このものは心正しき人物で有る」と弁護してくれたので、
罪を許されこの世に戻った。
後日藤原氏が宮廷に出仕すると、そこにも篁がいたので、
不審に思い地獄の事を訪ねると
「先年、私が罪に問われたとき助けて頂いたお礼をしたまでのこと、
地獄でのことは内密に」と
口止めされた。
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