単刀直入にいこう。
我が母親が、“今までのこと”を謝ってくれましたぁぁぁぁぁ~!
(「今までのことって何」なんて、野暮なことは聞きっこなしよん。)
それは電話での世間話から、なんとなく流れ出した言葉。
ウチの弟夫婦はお互い1人暮らし経験がないので、共同生活に苦戦している。
なーんて他愛もない会話だったわけですよ。
ラカン 「私は早く家出ちゃったから、そういう苦労はなかったけどねー。」
母親 「家が嫌いだったの?」
ラカン 「そりゃ、あんときは大嫌いだったね。一刻も早く家を出ないとヤバイと思ったし。」
「・・・・・・やっぱり私が原因?」
母は何度もそう聞いた。
はじめは面倒だったから、のらりくらりと交わしていたけど、
あまりに繰り返されると、別な意味で面倒になり、率直にこう答えた。
「確かにそうだね。ママ私に色々してきたじゃん。そういうのネックだったんだよね~。」
母親はその言葉を待っていたかのようだった。
「ごめんね。今までしてきたこと。」
「え、何? 覚えてるの??」
「そりゃもうそのときの絵(面)まで、覚えてるよ。ひどいことしてきちゃったね。」
自分が虐待をしているという自覚は、当時からあったようだ。
「本当にごめんねって思ってて、
だから〇〇ちゃんの髪の毛をずっと洗ってあげたりしてたんだよ。」
私は確か小学校高学年まで、母親に髪を洗ってもらったり結ってもらったりしていた。
なんかすごく過保護だったし、それは単に母親の性格なのだと思っていた。
あれは「罪滅ぼし」だったのか・・・・・。
母親の選択は、ものすごく正解だったと思う。
思い出の端々に「それ」があったからこそ、私は踏みとどまれたのだから。
恐怖と愛情がミルフィーユのように層になっており、
それは時折私を戸惑わせはしたが、愛されていたという実感は確実にあった。
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■ちょっとお手紙■
子どもに暴力を振るっちゃって罪悪感を感じている、お父さん、お母さんへ
もしそう思ったら、今すぐにでも子どもの身体に残るような愛情をあげてください。
できれば殴っちゃったその日に。
やってしまった事実は、正直取り返せません。
でも、マイナスをプラスで埋めるって発想も「あり」だと思います。
「傷」と「愛情」が同じ箱に入れば、なんとかなります。
何十年かかったとしても、致命的な悲しみからは救われます。
そしていつか、愛するその子に謝ってあげてください。
みんなその言葉を待っています。
あとひとつ大事なこと。
あなたもちゃんと幸せになってください。
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話を戻そう。
聞くところによると、以前、ウチの両親と弟の嫁(当時は“彼女”)と初めて会って呑んだ日。
母親は、酔いつぶれてずっと繰り返していたらしい。
「〇〇ちゃん(私の本名)がお嫁に行く前には、絶対謝りたいと思ってるんだよねぇ。」
おいおい言う場所違うがな。こっちやがな。
それに、(ほぼ)初対面の嫁の前で、それはいかんがなww
「わー、やべえ家に来ちゃったな」←嫁さんの気持ちを代弁しておこう。
そうなのだ。
明日、10月13日は「ウチの両親」と「相方の両親」を初めて会わせる日。
母親の胸中には色々と積もるものがあったのだろう。
「〇〇ちゃんは、何十年も葛藤を抱えながら、私のために色々動いてくれたときもあったんだね。
そう思うと・・・本当にごめんね。」
紆余曲折あったけど、今は基本的に父と母のことは好きだ。控えめに言って、だいぶ愛している。
母親がしたことで、心の底にはモンスターの刻印(?)が刻まれてしまったけど、
それも「表現者」には必要な要素だと思えば、悪くあるまい。
謝ってくれたことだけで、もう充分だし。
そんなことを会話の中で伝えていった。
このブログのことも話した。本にしたいということも。
そのことによって、母親や父親を裏切っているという罪悪感が常にあったことも。
母親 「ううん、裏切ってるなんて、そんなことないよ。本当にごめんね。」
ラカン 「そんなに悪いと思うんだったら、私の本のあとがきにでも書いてよ~。
なんか2方向からのほうが、話に深みも出るしさ。」
ちゃっかり、自作の執筆に勧誘するワタクシ。
そして、やはりというべきか、母親も幼少時に虐待にあっていたことが判明。
やっぱねー。思わずこぼしてしまった。
「じゃあさ、もしかして20歳で結婚して家を出たのって、それと関係ある?」
「もちろんあるわよ。自分には能力もないし、それしか方法がないと思ったし。」
ここにまた、別の人生があった。母には母の人生。
もう祖母はボケてしまっている。
母親が「ごめんね」の言葉を聞ける可能性は少ないだろう。
途方もない気持ちになっていると、受話器から母親の声がした。
「こんなこと言うのもあれだけどね、でもね、やっぱり子どもはいいよぉ。」
電話を切ってから、涙と嗚咽が溢れて止まらなかった。
相方から 「そんなときは、呑んで泣いて寝ちまえ」というアドバイスをいただいたので
その通りに行動し、起床して今に至る。
鏡を見て思った。
泣きはらした翌朝って、すげえブサイク!!
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