気に入る、気に入らない、
好きだ、嫌いだ、
だけで行動する人は、
実際にいる。
そういう人のまわりで、
長い間過ごし、
振りまわされた日々を
もっている人は、
それがすべてに思えるだろう。
しかし、そういう枠から
外れた生き方、環境というものも、
現に存在している。
そういう現実を
見ることができないと、
一人の人間として
かなり偏った存在になるだろう。
もちろん、
その偏りがユニークで、
多くの人に面白がられたり、
貴重だという扱いをされて、
生きていける人もいるんですけどね...
たいていの人は、
好き嫌いだけでは
生きていけない。
そういうことを思うと、
聖書の「いばら」(試練)という言葉が
思い出されます。
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