時の人　ウラディミール・アシュケナージ

本日は、昨年 NHK交響楽団の音楽監督に就任したウラディミール・アシュケナージ氏の思い出を綴ってみることにする。

１９６２年の第２回チャイコフスキー国際音楽コンクールで国の期待を一身に背負って優勝した後ロシアから亡命し、世界的名ピアニストとしてのキャリアを歩み始めたアシュケナージ氏であるが、私がクリーブランドに在住した時分（1989-1991）には指揮者としての活動を既に開始していた。クリーブランドオーケストラ（当時の音楽監督：ドホナーニ氏）は９月から翌年の５月のシーズン期間中、毎週違う楽曲を公演していたが、そのうちの数週間のタクトが首席客演指揮者としてのアシュケナージ氏に任されていたのである。私が氏に初めて接したのは、彼がブラームスの“Songs of Destiny”を指揮した時で、コーラスの一員として、私はその公演に参加していた。普段の練習は、コーラスディレクターの指導のもとで週一回月曜日の午後７時から１０時まで行われていたが、公演がある週の月曜日には本番の指揮者が直接指導に来てくれる。水曜日の夜と本番前にオケ合わせをやり、公演に臨むという段取りになっていた。そのオケ合わせの際に、彼の気さくな一面に接する。例えば、オケとのリハーサルで小休止を取った際、練習会場がおしゃべりでかなりうるさくなるのだが、練習再開に当たってはマネージャーが手を叩き静かになった後におもむろに指揮者が再登場すると言うのが普通であった。彼は時間前から現れて、指揮台に腰掛けて近くの団員と談笑しているのである。また、チャリーティーコンサートを快く引き受けて教会でピアノ演奏を披露したりしていたらしい。公演で指揮する際のコスチュームも白いタートルネックのシャツで、彼の控えめな面を演出していた。

帰国して１９９５年の晩秋に地元で彼のピアノリサイタルが催された。会場はほぼ満席であった。一人の人間が世界のはてで、あれだけの聴衆を集める力は凄いと思った。東京芸術劇場など全国１６箇所で、ほとんど毎日公演のハードスケジュールであった。その夜のプログラムはモーツァルトとショパンの作品で構成されていた。往年の軽快でソフトなタッチは健在で、居合わせた聴衆を魅了した。花束を受け取るときの仕草が彼の人となりをよく表し、好感を与えた。

　演奏会終了後、私は一人楽屋を訪ねた。少し開いたドアから、彼が上半身裸になり着替えをしているのが見えた。頃合を計って、外から声をかけた。“Excuse me. May I have a short talk with you?”彼は、“Sure. Come in!”と気安く私を受け入れてくれた。自己紹介し、昔クリーブランドで自分が彼の指揮の公演に参加したことを当時のプログラムを見せながら話したり、直前に会ったクリーブランドオーケストラの友人の近況を伝えたりした。“Very nice! It’s nice to see you here. Good!”と堅く握手をしてくれた。彼はその夜のプログラムにサインをしてくれ、近くにいた奥様がわれわれのツーショットを撮ってくれた。日本での演奏会が成功するようにと告げて楽屋を後にした。人と人との出会いの慶びを感じた宵であった。わたしにとって、また良い思い出が増えた。近いうちに再度会う機会を是非持ちたいものである。

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一期一会の人々 ５

一期一会の人々　５