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日本の歴史とヨーロッパの歴史をライフワークにして

2型糖尿病のアラフィフ専業主婦です。

ヨーロッパの歴史、とくにイギリス、フランス、イタリア、オーストリアの歴史やお城、貴族の館について書いています。





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私は、ヨーロッパ特にイギリスやフランスの国王の愛妾を調べていまして、そういう愛妾を題材にした映画やテレビがあっても良いなと思っていましたら、今度ジョニーデップ主演(ルイ15世役)でルイ15世の最後の愛妾のデュバリ-夫人の映画がやるようですひらめき

デュバリ-夫人


 


全編フランス語だそうで、これこそ私が観たかった映画です。



ここでデュバリ-夫人について少しご紹介しますニコニコ

デュ・バリー夫人(デュ・バリーふじん, Madame du Barry, 1743年8月19日生ー1793年12月8日 は、ルイ15世の公妾で本名マリ=ジャンヌ・ベキュー。

1769年にルイ15世に紹介され、その5年前にポンパドール夫人を亡くしていたルイ15世は、ジャンヌの虜になって彼女を公妾にすることに決めました。









デュ・バリー子爵の弟と結婚してデュ・バリー夫人と名を変えたマリ・ジャンヌは、型どおりの手続きを終えて、正式にルイ15世の公妾になり、社交界にデビューしました。


フランス宮廷に入ったデュ・バリー夫人は、その頃オーストリアからフランス王太子ルイ=オーギュスト(後のルイ16世)に嫁いでいたマリーアントワネットと対立しました。


娼婦や愛妾が嫌いな母マリア・テレジアの影響を受けたマリー・アントワネットは、デュ・バリー夫人の出自の悪さや存在を徹底的に憎んでいて、加えてかねてデュ・バリー夫人の存在を疎んじていたルイ15世の娘であるアデライード王女、ヴィクトワール王女、ソフィー王女らが、宮廷で最も身分の高い婦人であるマリー・アントワネットを味方につけようと画策したことが、この対立を一層深めました。










とはいえ、デュ・バリー夫人は朗らかで愛嬌がある親しみやすい性格で、宮廷の貴族たちからは好かれていたといいます。


私的には、デュバリー夫人は好きな方ですが、多分、好みはわかれると思います。

今から映画が、楽しみです赤薔薇