「三日月」の形をした、未開社会の人々の「太鼓」。
 「耳」という器官は、「音」を受け入れ、僕等を知恵に導く。
 祖先が作った「形式」は、世界中で見られる、普遍的な「創造物」の様だ。
 音を求める時、人々の心象は、どの様な情動に、囚われているのだろうか?。