<和歌>源氏物語和歌/現代口語訳全795首

 

第25帖『螢(ほたる)』8首

372「鳴く声も 聞こえぬ虫の 思ひだに 人の消つには 消ゆるものかは」(螢兵部卿の宮)

 (鳴く声も聞こえない虫の思いでさえも、人が消すことで消えるものでしょうか(私の胸の思いは、消えるものではありません))

 ※「消つ」は、他動詞タ行四段活用 た/ち/つ/つ/て/て、消す、ないものにする、「消ゆ」は、自動詞ヤ行二段活用 え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ、消える、亡くなる

◆You put out this silent fire to no avail. Can you extinguish the fire in the human heart?

 

373「声はせで 身をのみ焦がす 蛍こそ 言ふよりまさる 思ひなるらめ」(玉鬘)

 (声を立てないでわが身を焦がすばかりの蛍の方が、(あなたのように)口に出しておっしゃるよりも深い思いでいることでしょう)

 ※「で」は、打消しの接続助詞、~しないで、しなくて、の意、「らめ」は、現在推量の自動詞「らむの已然形(係助詞「こそ」を受けて)

◆The firefly but burns and makes no comment. Silence sometimes tells of deeper thoughts.

 

374「今日さへや 引く人もなき 水隠れに 生ふる菖蒲の 根のみ泣かれむ」(螢兵部卿の宮)

 (今日(五月五日)でさえ引き抜く人もない水に隠れて生える菖蒲の(相手にされない私は)根だけが水に濡れている(音を上げて泣くだけな)のでしょう)

◆Even today the iris is neglected. Its roots, my cries, are lost among the waters.

 

375「あらはれて いとど浅くも 見ゆるかな 菖蒲もわかず 泣かれける根の」(玉鬘)

 (表に現れてみると(根とは)本当に浅いと分かりました、菖蒲のことも理解せず泣かれるとおっしゃる根が)

◆It might have flourished better in concealment, The iris root washed purposelessly away.

 

376「その駒も すさめぬ草と 名に立てる 汀(みぎは)の菖蒲 今日や引きつる」(花散里)

 (その馬も嫌って避ける草と名高い水際の菖蒲(あなたに相手にされない私)を、今日(五月五日)は、お引き立てくださったのでしょうか)

 ※「駒」は、騎射の行事が行なわれたことにちなむ

◆You honor the iris on the bank to which No pony comes to taste of withered grasses?

 

377「鳰鳥(にほどり)に 影をならぶる 若駒は いつか菖蒲に 引き別るべき」(光源氏)

 (鳰鳥(かいつぶり)のように、(水面に)影を二人並べて映している若駒(私)は、いつ菖蒲(あなた)と別れることがありましょうか)

 ※「鳰鳥」はいつも雄雌つがいでいる

◆This pony, like the love grebe, wants a comrade. Shall it forget the iris on the bank?

 

378「思ひあまり 昔の跡を 訪ぬれど 親に背ける 子ぞたぐひなき」(光源氏)

 (思案に余って昔の跡(物語)を捜しても親の意向に背く子など例がありません)

◆Beside myself, I 0search through all the books, And come upon no daughter so unfilial.

 

379「古き跡を 訪ぬれどげに なかりけり この世にかかる 親の心は」(玉鬘)

 (古き跡を捜しても、本当に(おっしゃるとおり)例のないことでした、この世にこうした親の心は)

 ※娘に思いをかける親の心は、の意。

◆So too it is with me. I too have searched, And found no cases quite so unparental