<和歌>源氏物語和歌/現代口語訳全795首

 

第21帖『少女(をとめ)』16首

322「かけきやは 川瀬の波も たちかへり 君が禊の 藤のやつれを」(光源氏)

 (思いもかけなかったことは、(賀茂の)川波がふたたび寄せてきて(賀茂の祭(葵祭)が行なわれる頃)、あなたが(除服の)禊の藤衣のみすぼらしい格好とは)

 ※「欠(か)く」は、自動詞カ行下二段活用 け/け/く/くる/くれ/けよ、一部分が亡くなる、不足する、欠ける、の意

 ※「川瀬の波もたちかえり」は、斎院の御禊の日がふたたび来て、「藤のやつれ」は喪服をいう。普通のはなやかな柔らかに着やすい着物にくらべれば、はるかに劣る「ふちごろも」を着るから「やつれ」(粗末な服装をする)と言う。

◆I did not think that when the waters returned It would be to take away the weeds of mourning.

 

323「藤衣 着しは昨日と 思ふまに 今日は禊の 瀬にかはる世を」(朝顔)

 ((父の喪で)藤衣着たのは昨日のことと思われますのに、今日は除服の禊という時に早く移り変わる世をはかなく存じます)

 ※「瀬」は、「時」の意

◆How quick the change. Deep mourning yesterday, Today the shallow waters of lustration.

 

324「さ夜中に 友呼びわたる 雁が音に うたて吹き添ふ 荻の上風」(夕霧)

 (真夜中に、友を呼んで雁の鳴く声がもの悲しいのに、さらに吹き加わる荻の上を風よ)

◆The midnight call to its fellows in the clouds Comes in upon the wind that rustles the reeds,

 

325「くれなゐの 涙に深き 袖の色を 浅緑にや 言ひしをるべき」(夕霧)

 (紅色の涙に深く染まった袖の色を浅い緑に過ぎないとなしていいものでしょうか)

 ※「言ひしをる」は、けなして人を傷つけるの意

 ※官位は、官職と位階(序列)の総称、位階の六位には、正(しょう)六位上下、従(じゅ)六位上下と四階級ある。五位以上を貴族と呼ぶ。但し、蔵人は天皇の秘書的役割を担い、六位でも昇殿が許され、五位以上の者と六位蔵人は殿上人と呼ばれた。

 →六位は浅葱(あさぎ)の袍(はう、束帯の上着)を着用

◆These sleeves are crimson, dyed with tears of blood. How can she say that they are lowly blue?

 

326「いろいろに 身の憂きほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ」(雲居の雁)

 (さまざまのことでわが身の不運のほどが知られますのは、どのように染めた中の衣であるからなのでしょう(二人の仲なのでしょう))

 ※「中の衣」は、男女仲を意味する歌語

◆My life is dyed with sorrows of several hues. Pray tell me which is the hue of the part we share.

 

327「霜氷 うたてむすべる 明けぐれの 空かきくらし 降る涙かな」(夕霧)

 (霜がいっそうひどく凍てついている夜明けの空をかき曇らして涙の雨がふることよ)

◆It is a world made grim by frost and ice, And now come tears to darken darkened skies.

 

328「天(あめ)にます 豊岡姫の 宮人も わが心ざす しめを忘るな」(夕霧)

 (天上におわす豊岡姫に仕える宮人も、わがものと志す証し(気持ち)を忘れないでください)

 ※「標(しめ」は、神や人の領域であることを示す印、「宮人」は五節の舞姫のこと

◆The lady who serves Toyooka in the heavens Is not to forget that someone thinks of her here.

 

329「をとめごも 神さびぬらし 天つ袖 ふるき世の友 よはひ経ぬれば」(光源氏)

(天つ袖で舞った少女も年をとったらしい、昔の友(私)も年をとったのだから)

 ※「神(かみ)さぶ」は、神々しくなる、古めかしくなる、齢をとる、の意、「天つ袖」は、天女の着る衣の袖、五節(ごせち)の舞のときの舞姫の袖

 ※「らし」は、推定の助動詞、終止形、ラ変では連体形接続、~らしい、の意

◆What will the years have done to the maiden, when he. Who saw her heavenly sleeves is so much older?

 

330「かけて言へば 今日のこととぞ 思ほゆる 日蔭の霜の 袖にとけしも」(筑紫五節の君)

 (心に掛けて申し上げれば、今日のことのように思われます、(日蔭の蔓を掛けて舞った昔)日蔭の霜が融けても袖交わした(お逢いした)ことを)

 ※日蔭の蔓(かづら)は、大嘗祭(だいじようさい)などのとき、親王以下女孺(によじゆ)以上の者が物忌みの印として冠の左右に掛けて垂らしたもの、蔓は変色しないということから神事に使われた

◆Garlands in my hair, warm sun to melt the frost, So very long ago. It seems like yesterday.

 

331「日かげにも しるかりけめや をとめごが あまの羽袖に かけし心は」(夕霧)

(日の光にもはっきり分かったでしょうか、少女が振って舞った袖(五節の舞姿)に恋した心を)

 ※「五節の舞」は、大嘗祭、新嘗祭などで行なわれた宮中行事の中の舞のこと、「遅・速・本・末・中」の音律(五声)、天武天皇の吉野の滝の宮で神女が袖を五度翻して舞ったという故事に拠る

 ※「著(しる)し」は、形容詞ク活用(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ、はっきりわかる、明白である、の意、「けめ」は、推量の助動詞「けむ」の已然形、連用形接続

◆Were you aware of it as you danced in the sunlight, The heart that was pinned upon the heavenly sleeves?

 

332「鴬の さへづる声は 昔にて 睦れし花の 蔭ぞ変はれる」(光源氏)

 (鶯の囀る声は昔のままですが、親しみ馴れた花の蔭(桐壺院の御代)はすっかり変わってしまいました)

◆The warblers are today as long ago, But we in the shade of the blossoms are utterly changed.

 

333「九重を 霞隔つる すみかにも 春と告げくる 鴬の声」(朱雀院)

 (宮中から霞をへだてる住居にも春が来たと告げる鶯の声がします)

 ※「霞隔(つるすみか」は、霞の洞、仙人の住むところの意

◆Though kept by mists from the ninefold-garlanded court. I yet have warblers to tell me spring has come.

 

334「いにしへを 吹き伝へたる 笛竹に さへづる鳥の 音さへ変はらぬ」(兵部卿の宮)

 (昔n音をそのまま伝える笛竹に、鶯の鳴く声さえ変わりません)

◆The tone of the flute is as it always has been, Nor do I detect a change in the song of the warbler.

 

335「鴬の 昔を恋ひて さへづるは 木伝(こづた)ふ花の 色やあせたる」(冷泉帝)

 (鶯が昔(桐壺帝の時代)を慕って鳴くのは、木伝う枝に咲く花の色が褪せたからでしょうか(わたしの治世が昔に及ばないからでしょうか))

 ※朱雀院のさびしい気持ちを汲んで、卑下したもの

 ※「木伝(こづた)ふ」は、枝を伝わって木から木へと移り渡る、の意

◆The warbler laments as it flies from tree to tree― For blossoms whose hue is paler than once it was?

 

336「心から 春まつ園は わが宿の 紅葉を風の つてにだに見よ」(斎宮の女御、秋好中宮)

 (心から遠い春をお待ちの園(お方)は、せめて私の宿(屋敷の庭)の紅葉を風の便りにでもご覧ください)

 ※「だに」は、限定の副助詞、せめて~だけでも、の意

◆Your garden quietly awaits the spring. Permit the winds to bring a touch of autumn.

 

337「風に散る 紅葉は軽し 春の色を 岩根の松に かけてこそ見め」(紫の上)

 (風に散る紅葉は心軽いものでございます、春の色(美しさ)を、この(どっしりした)岩に根ざす(一年中変わらぬ)松(の緑)に心に懸けて見て頂きたいものです)

 ※「岩根」は、岩の根もと、大きな岩の意、「「松」は「常盤の松」のことで、一年中葉が緑で色の変わることのない松、の意

◆Fleeting, your leaves that scatter in the wind. The pine at the cliffs is forever green with the spring.