不景気だ何だって言ってるけど、この時代に日本に生まれてくることが出来たのは幸せだと思う。
だけど悲しいことに生きることに疲れ果てている人も沢山いる。
生きるとは何?そんなことをテーマにしていきたいと思っています。
ホームレス
家は渋谷駅の近くにあるんだけど、最近ホームレスを気にするようになった。
前から彼らはいるんでけど、最近になって気になるようになった。
この人たちは幸せなんだろうか?
彼らにとっては、余計なお世話なんだろうが、そんなことをふと考えてしまう。
社会の束縛から逃れているように見えるが、彼らの暮らしも全く束縛のない世界ではない。
ホームレスにはホームレスの人間関係があるみたいだ。
縄張りみたいなものと言っていいかもしれない。
僕は一度彼らと話してみたくて、道を尋ねるふりをして接触したことがある。
僕が話したホームレスは、44歳の男性でよく話す人だった。
ぶっきらぼうな口調だが、凄く親切で驚いた。
彼は僕との会話の中でこんなことを言っていた。
「あんたは取材かなんかかい?ただ興味あるだけなのかい?まあどっちでもいいや。俺の場合は好き好んでホームレスやってるんだ。今がハッピーかい?って聞かれたら大声で言うさ。俺はハッピーだってね。俺は昔サラリーマンだったんだ。昔って言ってもほんの8年前だけどな。家族もいたなぁ。今はどこで何やってんのか知らないけどな。」
「…?」
「そんな毎日をくりかえしていたらよ、ある日ふと思ったんだよ。」
「何を思ったんですか?」
「ん、俺の人生っていったい何だろうってな。」
「人生?」
「そう、人生さ。一生上のやつらにこき使われてよう、そのまま死んでいくのが嫌になったのさ。死ぬ間際によう、後悔したくないだろっ。俺の人生やり直したいってよ。それがたまらなく嫌だったんだよ。」
…確かに。
誰だって思うことはあるだろう。
自分は何の為に生きているのか?って。
でもだからってホームレスにはなりたくない。
「おまえらはよう、ホームレス馬鹿にしてるだろう?」
「いや、馬鹿にしてるなんて…。」
「いや~馬鹿にしてるよ。まあいいんだけどよ。だけどなこれだけは言っておくぞ。」
「何ですか?」
ごめんなさい。この続きは次にします。
気付いたらもう明るくなってきたんで寝ます。
次回に続く。
あっ、最後に
【その世界にはその世界のルールがある】
このブログを立ち上げるにあたって
僕は尾崎豊が大好きだった。
自分の身を削りながら、自由、愛、生きることの意味は何なのか?を問い続けている姿は僕の心を捉えた。
そして彼はボロボロになり消えていった。
僕自身、学生の頃から何の為に生きているんだろうっていつも考えていた。
今だ確かな答えは見つかっていない。
だけど時々生きているだけで幸せだと感じることがある。
深い愛に触れた時と、自然に触れた時だ。
いつからか、僕が生きていること自体が奇跡だと思うようになった。
僕の父親と母親が奇跡的な確率で出会い、1億近い精子の中から奇跡的に僕が選ばれた。
だから同じ時代に同じ場所で出会えたことはもっと奇跡だ。
運命だ。
誰かと比べるのはよくないけど、世界には生きたいのに生きれない人が確かにいる。
そんな人に比べたら僕らは幸せだ。
どんなに借金しても、仕事がなくても、ホームレスになっても生きていける。
心さえ見失わなければ…。
だけど世の中には、生きていることに疲れ、自分から命を絶つ人もいる。
悩み苦しみ、一人になり、誰の助けもうけずに…。
でもそんな人の中にも、誰かのぬくもりに、誰かの一言に助けられる人もいるはずだ。
僕の使命はコピーライターとして、そんな人たちを救う”ことば”を考えられる人間になることだ。
だからこの場でも思いついた言葉はどんどん書いていきたいと思うので見てください。
【言葉だけじゃ愛は伝わらない 愛はぬくもりから伝わる】
