ある時期(2,030年頃)から、世界の出生率が変わり始めた。


何の出生率か。


産まれて来る子どもが、思春期になると同性を恋愛や性欲の対象とする子供の出生率である。


それまで、全世界の人口の5%程度と言われていた同性愛者の出生率が、急に増え始めたのだ。


原因は全く不明だった。


多くの科学者は、さまざまな自然界に及ぼした人間の環境破壊による遺伝子の突然変異だと言った。


ある生物学者は、世界戦争が起こりそうな影に怯えた妊婦が、男の子を戦争に出したくないために、体が男子の脳が男性脳になるためのホルモンシャワ━を、妊婦が胎内に出さなくなったためだと言った。


またある社会学者は、家庭内で父親が優しくなり、母親が強くなった家庭環境のせいであると主張した。


しかし、同性愛者化は、体が男性でも女性でも起こり得るため、どの仮説も決定的なものとは認められなかった。


だが、そんな社会の動揺を無視するように、人類の同性愛者化は火急的な勢いで進み、100年後の2,130年には、とうとう95%に達し、異性愛者との割合が逆転した。


全世界の中で、異性愛者と同性愛者の数が100年前の2,030年と比べて全く正反対になったのだ。


同性愛者は、セクシュアルマイノリティーとは呼ばれなくなり、セクシュアルマジョリティーになった。


逆に異性愛者は、セクシュアルマイノリティーと呼ばれるようになり、恋愛や性欲を満たすための相手や、生涯の伴侶探しに苦労するようになった。


絶対数が少なくなったからである。


異性愛者(ヘテロ)が異性の体を持つ相手に接近しようとしても、その多くは男女共に同性愛者であり、拒否された。


外側からは、服装だけでは異性愛者か同性愛者かの見分けは殆どつかず、異性愛者はどうやって仲間を見つけるのかに苦労するようになった。


21世紀前半にゲイバー、レズバ━と呼ばれていた所は、単に入口に♂️(ゲイ)♀️(レズ)⚧️(バイ)のマ━クが書いてあるだけで、どんな田舎の街にもある普通のバ━になった。


逆に、異性愛者が純粋な異性愛者を探しにバ━に行くためには、入口に♂️♀️⚧️のマ━クのない数少ないバ━を探すしかなかった。


それでも大都市では、数箇所に異性愛者用のバ━エリアが存在したが、都会を外れると殆どそんなバ━はなくなった。


誰でも入れる性指向に関係ない「観光バ━」と言われるものが一軒あるかないかの状態だった。


では、異性愛者の結婚カップルが減って人口減少化が起こったかというとそうはならなかった。


そういう状況になっても、人類はしぶとく繁殖していたのである。


勿論、異性愛者間に生まれた子供の数は激減した。しかし、同性愛者間に子供がたくさん生まれたからである。


同性同士でどうやって子供を作るんだなんて、時代遅れの場違いな発言をする人はもう誰もいなかった。


ゲイ同士、レズ同士間でどちらか一方の精子と卵子を使い、肉体的接触を介しないで、レズの体内でゲイやレズのカップルの子供が生まれた。


そうするための、出会いのためのマッチングの機会もたくさんあった。


2,030年当時、セクシュアルマジョリティーであった異性愛者の世界で、一部の異性愛者に忖度し、あるいは自らの古めかしい結婚観・家庭観のために、司法判断で同性間の結婚を認めないのは憲法違反であるという多くの司法判断が出ていたのにも拘わらず、同性結婚をなかなか認めようと、いや審議さえしようとしなかった日本国の政治家達のお爺さん、お婆さん、小父さん、小母さん達も、出生率を上げるためには、試験管ベイビー、代理母出産制度を認めない訳には行かなくなった。


尻に火がついた状態で、もはや同性結婚は是か否かなどと、古い価値観に縛られた無意味な議論をする余地などなかったのである。


現実が有無を言わさぬ、ものすごい勢いで進んだからである。


結婚は神が決められた通りに、男と女にだけ許されているものなどと、聖書の古い言葉にしがみついていたキリスト教会は急速に衰退し、無くなって行った。教義や規則を新しく変えた教会だけが生き残り、教勢を拡大して行った。


同性愛行為を死刑対象にしていたイスラム教諸国も、同性愛行為を死刑対象から外し、進んで同性愛者をモスクに受け入れるようになった。


だが、同性愛者が性的にマジョリティーになった世界で、同性愛者が異性愛者に対して異常呼ばわりをすることはなかった。


マイノリティーであることで受けた苦しみを心から知っていたので、事態が逆転しても彼ら(マイノリティーになった異性愛者達)に振り向いて罵り返さなかったからである。


その後、異性愛者の出生率が再び増え始め、更に100年後の2,230年には、ほぼどちらも半数ずつとなり、その後は横ばい状態となり、異性愛者も同性愛者も、お互いを人として尊重する世界に変わったということです。


えっ、今これを書いてるのは西暦何年かって?


今日は、西暦3,000年1月7日。


これは、もう800年も前の、遥か遠い昔の話です。