♪人は皆ひとりでは生きてゆけないものだから♪

自分には色々な顔がある。
親にして見れば子供であるし、姉から見れば弟である。
子供から見れば父親であるし、妻から見れば旦那である。
義理母から見れば義理の息子であるし、同級生から見れば同級生である。
社長から見れば社員であるし、上司から見れば部下である。
部下から見れば上司であるし、同僚から見れば同僚である。などなどである。


そしてそれぞれ、親に対しては、子供の顔。
姉に対しては、弟の顔。・・・
父親の顔。旦那の顔。義理の息子の顔。同級生の顔。
社員・部下・上司・同僚などの顔を持っている。


「人生は劇のようなものである」の言葉を思い出す。
だから、「どう演じていくかが大事だ」と

良い子供を演じているだろうか?
良い親を演じているだろうか?
良い上司なのだろうか?


こうした人間関係は築くものだと思う。
自らの信念、日々創り上げてゆくものだと思う。

その根本は「相手を認めてあげる」ことである。
それは「人それぞれの差異を認める」ことでもある。


人は皆違う。
育った環境も・立場も・価値観も・思想信条も・好みも違う。
自分に合う人だけ囲っては、行き詰る。開けない。つまらない。
自分の考えに合わない人を避けていては、自分を狭い社会に閉じ込めてしまっているようなものだ。


人と関わってゆく以外に自分を磨く術はない。
その為には「勇気だ」「誠実な心だ」


どうすれば、苦手な人・嫌いな人とどう触れ合っていくことができるのか。
答えは簡単だ。
その人を好きになればいい。
大好きになればいいのだ。

これが私の人間関係を築く全てである。

日本全国を、仕事で飛び回る私が経験したことは、
地域によって、言葉使いが違う・生活習慣が違う・考え方が微妙に違うことだ。
日本と外国を比べて見れば、もっとよく分かるネ。
同じ地域に住んでいても違うんだ。
家族・兄弟・親子でも違うんだ。
同じ主義・信仰・哲学を持っていても違うんだ。

人はそれぞれ、色々な違う環境・思想の元で生まれ育った。
そんな中、年令と共に、人間性・生活習慣が自然に身についた。
或いは、自らの意思と挑戦で、身につけたのだ。

個性・人間性とは、育てるものだと思う。生活習慣も身につけるものだと思う。
自らが一生というビジョンを持ち、目の前の現実の中で、日々育てていくものだと思う。
毎日は漠然と過ぎていく。 意識しないでいると、自らの個性・人間性が漠然と身についてしまうのだ。
自分でありながら・・・実は、周りの環境によって創り上げられてしまっている自分ではないのだろうか?

自分を日々輝かせながら、なおかつ多くの人たちと切磋琢磨・共生していくことが、人生ではないだろうか。
「自分だけ輝くだけ」では・・・行き詰まる。
「他人の犠牲だけ」では・・・これまた息詰まる 。
自らの「個性の開花」と「人間社会の共生」を可能にする生き方の基準・智慧が哲学なのだろう。
古今東西の哲人らが、訴え・主張し・説法してきたことが・・・・・