
Sランク 投手
国内新人選手Sランク投手リスト
出身地 関東
成長 普通
持続 遅め
初期値評価

知名度と実績に対して普通。じっくり育てるべきか
やきゅつく2003においてかつての記事で上げた
・高制球 ・ピンチに強い ・変化球のレベルの高さ
これらに加えてストレートの質も化け物レベルである。
能力だけ見ればやきゅつく2003最強投手と言っても過言ではない。
成長遍歴【初期値→スタメン定着→全盛期→衰えピーク】

18歳 22歳
31歳 38歳
ゲーム中の成績【特筆すべき成績と通算成績など】

4人ローテでのキャリアハイがこちら。
村松義夫と共に右腕のくせに防御率1.90台を記録。
30勝は達成しえなかったが化け物じみた成績を残した。
与四球の少なさも圧倒的だろう。
それでも384勝という数字を残した。通算防御率なども圧倒的であり右腕でここまでの試合数を投げて3点台は鬼のような強さである。実際と同じで投げれば勝つ大エースとして無類の強さを誇った。
役割適性 先発
安定性 SS 投げれば勝つ
コスパ D 平気で20億を突破する
即戦力 B 安定するのは4年目以降。それまでは我慢
活躍期間 S 22歳から38歳まで16年間はエースを張れる鬼
総合評価 SS
今作の右腕で最強候補のエース。捕手にもあまり影響されずに素晴らしい成績を残してくれる。完成の速さ、完成度、成績全てにおいて隙が無い投手と言える。発掘出来たら他の選手には目もくれずに取っても間違いにはならない。
この選手について
斎藤雅樹 日本プロ野球記録様
平成の大エース。ミスター完投と称される巨人を代表する右腕。1990年代の巨人を桑田真澄、槙原寛己らと共に支えた。
1982年ドラフトで巨人から1位指名を受ける。打撃や守備も高い能力を持っていたことから打者転向の声もあったが当時藤田元司監督のアドバイスを受け投手としてそしてサイドスローとして活躍していく。
3年目の1985年にはローテに定着。リーグ最多の4完封、チーム最多勝の12勝を挙げるなど大活躍するがこの頃は王監督の時代であり、王監督時代では二軍に行くこともあり敗戦処理として登板することもあったらしい。しかし藤田元司が再び監督に復帰した1989年から指導を受けたことで才能がついに開花。元々優秀だった能力がさらに向上していき、3試合連続完封を含む11試合連続完投勝利という人間離れした成績を記録。この年はノーヒットノーラン未遂(からのサヨナラ負け)をするなどしたが最終的に最多勝、最優秀防御率、ベストナインを記録し平成最初の沢村賞投手となった。
これ以降巨人の絶対的エースとして君臨し1996年までに数多くのタイトルを獲得。最多勝5回、最優秀防御率3回、最多奪三振1回、最高勝率3回、沢村賞3回、MVP1回、Bナイン5回、GG賞4回。最優秀投手5回と華々しい成績を上げ、他球団ファンを絶望の淵に叩き込んだ。阪神キラーとしても知られ、テレビをつけて先発が斎藤雅樹だったらテレビを消す阪神ファンが多数いたというコピペが今でも多く取り上げられるほどに絶望感があった。
しかし1997年以降はケガなどもあり成績が振るわなくなってくる。1998年に二桁勝利を達成したがこれが最後の二桁勝利となる。2001年まで要所要所で活躍チームを支えてきたが、ケガでついに満足な活躍ができなくなったとし、槙原寛己、村田真一と共に引退を表明した。36歳であった。
引退後は巨人のコーチを務めるなどしていたが2018年に退任。あまりいい噂を聞かないのは選手時代が化け物過ぎたせいか。200勝は達成できなかったが殿堂入りは果たしている。またコーチになってサイドスローの名投手を生み出すなんて展開を期待するのは酷でしょうか…



