Bランク 一塁手
国内新人選手Bランク一塁手リスト

出身地 九州・沖縄
成長 普通 
持続 普通 

初期値

 

全盛期評価

走力以外は結構優秀な選手になってくれた。一見Bが目立つのでそこまで見栄えは良くないのかもしれないがチャンスと選球眼がAなので打率と打点は結構稼げるしHRもそこまで勝負を避けられないので稼げる。守備に関しても平均以上のものを持っているので普通に守備も任せられるのも嬉しい。

他球団入団だと2年目からスタメンになれるほど完成が早いのでそこも嬉しい

成長遍歴【初期値→スタメン定着→全盛期→衰えピーク】

1年目(24歳) 27歳

31歳 36歳

 
ゲーム中の成績【特筆すべき成績と通算成績など】

29歳でキャリアハイを出した時の成績。

40HR135打点となかなかの成績。毎年の様に.300と30HRは残してくれるのでかなり信頼性の高い選手と言える。



社会人卒ながらなかなかの通算成績を残した。

HRが300を超えているのがすごい好き(感想)。タイトルも獲得しているので本当に素晴らしい選手といえる。

 

私的評価【野手】

打撃 B 守備 B 走塁 D 

コスパ C 即戦力 B 活躍期間 C

総合評価 C

即戦力社会人スラッガー。他球団で育成(支離滅裂)させれば3年目で強奪できる頃にはいい選手に育っているという優良新人。打撃と守備に関してはBランクではなくてAランク選手並のものを持つ。結構打つので走塁の悪さが目立たない。短所らしい短所がそこまで見当たらない良い選手。


やきゅつく2003選手リスト一覧

 

 


この選手について

松中信彦 日本プロ野球記録様

平成唯一の三冠王。ダイエー黄金時代を支えたスラッガーであると同時に秋の風物詩と言われた男。

 

アマチュア時代でもオリンピックに出るほどの有力選手で、1996年のドラフトで逆指名でダイエーに2位入団。ちなみにこの年のダイエードラフトはインチキといわれるほどの超絶当たりドラフトとして有名。

 

3年目以降に活躍。1999年7番打者にも拘らず23HRを記録しチームの代表打者に。2000年から2005年まではケガもありながらもリーグを代表する選手と言えるまでの成績を残していく。特に2004年は球界再編で揺れる状況下で.358 44HR 120打点で三冠王。それに加えて最高出塁率と最多安打で打者五冠王を獲得し、B9、GG賞も獲得しMVPも受賞するなど我が世の春を謳歌するかの如くの活躍だった。2003年から2005年まで3年連続120打点を記録しこれはプロ野球史上唯一である。

 

2006年から7年契約をするなどで話題を呼び活躍が期待されたが、ケガや成績の不振でたびたびスタメンを外されることになる。2011年にCSで代打満塁HRを放ち秋の風物詩を払拭したのが最後の目立った活躍だったであろうか。

 

2015年に球団と諍いを起こしたことが原因でソフトバンクを退団。現役復帰を視野にどこにも所属せずに自主トレをしながら獲得球団を待ったが2016年3月に引退を発表した。

NPBにこだわらなければ独立でも出番があっただろうに最後はNPBにこだわった結果、年齢も衰えもあり契約できなかった。現在は独立リーグにかかわっているらしいが…

 

2000年代を代表するスラッガーであり2003年に残した成績も十分すぎるほどの素晴らしい成績であったがまさか翌年三冠王を取るとはだれも予想していなかったであろう。打撃技術は当時のボールも相まって素晴らしいものであり長打力が売りの打者にも拘らず打率は高く三振が少なかった。

にもかかわらずポストシーズンのプレイ。プレーオフやクライマックスシリーズには極度の不振どころかかかしの方がマシというレベルで低迷していてペナント中は最強レベルの戦力を誇るホークスがなぜか日本シリーズにも行けないという闇の時期があったのに少なからず影響している。

これを書いている私はロッテファンなので2005年のプレーオフなんかかなり印象強いのだがそこでも活躍したシーンを全く見たことがない。1安打打ってたかくらいの低迷ぶりであった。

 

是非ともこれからは打撃コーチになって多くのスラッガーを育てる名コーチにでもなってくれればうれしい限りである。

 

2003年  成績
試合135 打率.324 本塁打30 打点123 盗塁2 出塁率.429

長打率.573 OPS.1.002