あやの奮闘記 -3ページ目

あやの奮闘記

劇団所属。俳優志望です(^ ^)
日々奮闘中!
特技はのだめカンタービレの、のだめのモノマネ(^ ^)☆

気まぐれに、たまには詩人のように、、笑
思いのまま書き綴っていけたらと思います(^ ^)
よろしくおねがいします♬

こんばんは。
夜中の文章書きたいモードに突入しました、あやです。笑

さて皆さんは、
自分ってこんなんでいいのかな。なんだろう私って。なんて、一度は思ったことありませんか?


で、海外逃亡の計画を企て、とりあえずインド行こう!みたいな思考にたどり着いたり。。笑(推測が遠かったらごめんなさい😁💦)


他にも、遠くの人に憧れて、こんな人になりたいとか、なんで私はこうなんだ、とか他人と比べて自分を見ているようで見れていない状態だったり。。そんな時。


でね。

まあ、あることがキッカケで、私は肉親のこと、知りたくなりました。


子供の頃の親って、生命を脅かす絶対的権威的存在じゃないですか。
(ただかっこよさげに言ってみたかっただけです😁笑)

私は子供の頃、親を何1つとして間違いがなくて、偉大で強い出来上がった人物像に作り上げていました。



冷静に見れてないわけですねー💦笑

今になって、


じゃあ、
親は子供のこと、どんな経験をして何を思って、何が好きで、そのまた親(つまり私の祖父母)とどんな話をした?
どんな思い出がある?

気になりました。



母は私が生まれる前に亡くなってしまった祖母の話を沢山話してくれました。



愛おしかったです。


親とそのような時間を過ごせたことも、会えなかった祖母の話を聞けたことも、愛おしく思いました。

ルーツを辿ることは、自分探しの旅への近道かもしれません。


そこでわかったこと。


何事も自分の手の中にあるということです。すでに持ってるのに、


遠くを見て、遠くで探そうとする。何事も。


自分の良さもなにもかも、

すでに自分の中にあるはずなのに、


気づかない。いや、気付こうとしない。なのかもしれません。


でも、わりかし、自分自身の見方はわからないし、認めたくないじゃないですか。だから、ヒントは肉親の存在なのかもしれませんね。その人にきっと似てるところがあるから、その人の良いところを知れたら、自分に投影できるかもしれない。


なんてね。

思いました。


私はすぐに迷ってしまうから。

その時の道しるべにしようと思います。



そんな今日という日の備忘録。


いよいよ、私のブログ名である、奮闘記が似合うブログになってきました笑

では。

今日という日に感謝して。

おやすみなさい