明日台風がくるので餌やりはむりだろうと

雨がふっていたけど今日のうちにと出かけた

案の定みけが1匹待っていた

 

手術したみけはここのところ姿がない

キジ白も今日はどこかで雨をしのいでいるらしい

 

みけの分だけあげた

屋根のないところなので多少ぬれるが仕方ない

明日は台風でごはん抜きの1日になる

かわいそうに

 

そう思うとやはり餌やりはやめられない

 

このみけが妊娠しないことをいのるばかり

子供を産んでも育たないことを祈るばかり

それしかできない自分が苦しい

でも考えたらだめなのだ

考えたら病気がひどくなる一方で

家から出ることさえできなくなる

そうなると餌やりにもいけなくなる

だから先のことは考えず

ただ今日あの子たちがごはんを食べれたらそれでいい

今日自分が死ななければそれでいい

先のことなどわからない

 

明日自分は生きていないかもしれない

明日あの子たちは死ぬかもしれない

そんな関係なのだから

 

 

さっきTNRのボランティアをしている方のブログで

悲惨な記事を読んだ

妊娠していた猫を手術して堕胎したら

その子が死んでしまったと

 

手術しなければ子猫を産んで普通に生きていたかもしれない

出産でやはり死んだかもしれない

わからないけれど手術で母猫も子猫も死んでしまったのだ

殺すために手術したわけではなかっただろうに

なんて悲しい結末

 

これだからTNRは怖い

簡単にTNRを勧めている人もいるが

その結果殺してしまうことがあるのだ

そんな不安を自分を背負うことはもうできない

こわい こわい こわい

 

けれど子猫が生まれてしまうのもこわい

 

生きていくことはこわいことだ

だから死にたい

死ねばもうなにもこわくない

不安で泣くこともない

不安のない世界にいきたい

 

だめだ

みけにごはんをあげなければ

今死んではだめだ

みけがつらくても生きてるのだから

自分も生きなければ

 

雨がはげしくなってきた

みけはごはんを食べ終えて寝床に帰っただろうか

 

手術したみけはどうなったのだろう

もういなくなってしまったのか

どこかにいってしまったのか

死んでしまったのか

 

薬を飲もう

不安につぶされそう

 

もし不安障害や鬱をわずらっていなければ

野良猫たちに餌をあげることは楽しいことだろう

いいことをしている気分にもなれるだろう

自分はあの子たちを救ってあげていると思えるだろう

でもそう思えない

 

1日2日、みない子がいるとあの子はどうしてしまったのかと不安になり

ざわざわと心が騒ぎだす 

薬を飲んでごまかす

 

手術したみけが最近1週間以上姿をみせない

ふつうの人なら他にいい餌場があるのだろうとか

時間をずらして食べに来てるのだろうとか

ポジティブに考えられるのだろうけど

自分にはできない

 

なにかあったにちがいない

事故か、手術の傷口がおかしくなったのか

なにか悪いことがおこったにちがいないと考える

 

手術できていないみけはほぼ毎日見かけるが

この子が妊娠したらどうなるのだろう

慣れていないから子猫を連れてくることはないはず

でもどこかで産んで育てて、

、もし無事に育ってしまったら

いつか子猫を餌場につれてくるかもしれない

そうなったら今の餌の量(3匹分)ではたりなくなる

これ以上増えるのは困るのに

 

キジ白の新しいオスはこの先もここにいつくのか

どこかに流れていってくれたら

 

もともとみけ2匹だけのつもりだった

いやもともとみけ1匹だと思ってかわいそうにと餌をあげたのが1年前

それが2匹だったとわかって餌の量を増やしたのが半年前

それまでは1匹だけだから

いつまでいるかわからないから

いつまで生きられるかわからないから

せめて今日はごはんを、と思ったのがはじまり

 

それが不妊手術まで考えて

たいへんな思いで実行して

手術後姿がなく、精神的に限界になった

それでももう1匹のみけのために餌をもっていかなければならず

毎日苦しい思いで2匹分をもっていった

 

生きていてくれたとわかった時はほっとしたものの

もう二度とTNRはできない

もう1匹のみけは自然にまかせるしかない

見えないところで産んで

見えないところで死産ならいい

 

ふつうの人なら子猫をかわいいと思えるだろう、

里親をさがせる力もあるだろう

でも自分にはできない

子猫を保護して死んだらどうしよう

病気だったらどうしようと不安におしつぶされる

そもそも保護するスペースもない

 

結局自分にはその日を生きるための餌をあげることしかできない

そんな弱い自分に死にたくなるけど

薬を飲んでごまかすしかない

薬がなければもう死ぬことしか考えられない

 

どうすれば餌やりをやめれるだろう

自分があげなくても他の餌場がどこかにあるはず

そう思えたららくなのに

誰かがこの3匹、いやもう2匹かもしれない

手術した子は死んでしまってるかもしれないから

この2匹を食べさせてあげてくれたら

そういう慈愛ある人がいてくれたら

自分はもう野良猫にかかわることはしなくてすむ

不安で泣き暮らす日々から解放される

病気も少しづつよくなるかもしれない

 

でも実際はそうならない

野良たちは自分が餌をあげるしかない

毎日不安を抱えながら

 

いつまで続けられるだろう

この苦しい餌やりを

 

 

不安障害と診断されて3年半になる。

去年の夏には鬱病を併発し、

今年にはいって不安症状が悪化した。

2月ごろから毎日胸がざわざわとして、

それまで1日1回夜にだけ飲んでいたロラゼパムを

昼起きた時にも飲むようになった

 

薬が効いている時は眠気があり

不安は少しやわらぐ

でも根本解決になっていない

カウンセリングの先生は不安は悪いことではないという

誰でも不安はあると

でも1日中不安のことしか考えられなくなることは問題だと思う

 

7月、餌をあげている野良みけ猫2匹をTNRしなければと思うようになった

去年の夏ごろからあげているのでもう1年になる

けれどまったくなつかないし、なつかせる気もない

野良として生きる限り人を警戒するべきだ

人を信用して捕まって虐待されるのを避けるために

だから餌だけ置いて触れ合わずにすぐに立ち去る

そういう関係の猫たちだけど、メスである以上子猫を産む可能性があり

子猫が無事に育ってしまいかずが増えると

目立たず続けてきた餌やりが目立ってしまう

それは困る

近所からの苦情なんてややこしいことに立ち向かえる精神状態ではない

そのことを考えるとまた不安で不安で

それならいっそ不妊手術をしてしまおうと

うちの飼い猫を世話してくれたボランティアの方に相談した

 

捕獲器をしかけて猫を捕獲し手術してもとの場所に離すTNR

2匹を捕獲する予定が1匹しかできなかった。

捕獲したみけを一晩ぼらんてぃあさんの家で寝かせ、翌朝病院に連れていき手術

一晩病院で寝かせ翌日元の場所に放した。

特に問題ないと思っていたが

リリース後、そのみけの姿を見なくなった

 

1週間たっても2週間たっても、もう1匹のみけは餌を食べに来るが

その子の姿はない

ごはんの量は2匹分いれていつもからになっていたけど

手術した子が生きてるのかどうかわからぬまま7月が終わろうとしてた。

地獄のようだった。

毎日毎日不安ではりさけそうだった。

ロラゼパムを飲んでも効かない。

自分のせいで、あの子は死んでしまった。

手術後傷口が開いて死んでしまったのだ。

それしか考えられなかった。

どう責任をとるべきか。

自分も死ぬべきだろう。

自分が死んだら、残った1匹の子の日々の餌はどうする。

誰にも頼める人はいない。

もう毎日その繰り返しで頭が爆発しそうに過ごした。

そして7月の終わりにふと、手術したあの子が姿を現した。

最初は信じられなかった。

でも耳カットがあった。 手術済のしるし。

あの子は生きていた。

よかった。あいかわらず細くて小さいけれど生きてる

 

それからまた姿を見ない日が続いたけれど

もう手術のせいで死ぬことはないだろうと思い

自分の責任は終わったと不安がひとつ消えて

8月はそれまでに比べ不安症状も鬱症状もましになった。

 

このままいけば薬を減らしていけるかも、と

鬱の薬のスルピリドを1日3回から2回に減らした。

ロラゼパムも昼は飲まずに過ごせた。

 

そうこうして8月は調子が上向きになってきたと思ったら

9月にはいって2匹の餌場にどこから来たのかキジ白の男の子が現れた

たまたまその日だけかと思ったら

次の日も次の日も、毎日その場所で待っている

みけたちよりも茶碗に近いところにいて

近づくとシャーシャー威嚇するが離れない。

 

餌をいれるとすぐに食いつく

かなりおなかが減っているらしい

どこかから流れてきてようやくしっかり食べれる場所を見つけたということか

 

キジ白のせいで餌を3匹分もっていくようになった。

このことが新たな不安をうんだ。

増やしたくないから手術までしたのに結局増えてしまった。

しかももう1匹のみけは手術できない。

捕獲できないから

 

このままだと3匹が定住してそこに子猫が生まれてしまうかも・・・

そう考え出すとまた1日中そのことばかり頭に浮かび

爆発しそうになってきた

ロラゼパムを昼にも飲むことにした。

眠気がでるけど不安で苦しいよりましだ

 

薬で不安をごまかすだけで問題は何も解決していない

猫のことなどもう見捨てるべきなのか

みけだけなら、2匹だけならそっとあの子たちの食べる分だけあげ続けてやりたい。

でもこれ以上増えてしまったらおそろしい

野良で飢えているのがかわいそうだから、と餌をあげた。

増えないようにと手術もした。

そのせいで自分が狂いそうになって自殺しかけた。

もう二度とあんな思いはしたくない。

今度は本当に猫も死んでしまうかもしれないし

そうなれば自分も死ぬしかない。それが命の責任てものだ。

だからもうTNRは自分にはできない。

自分が精神病じゃなければTNRして猫が手術のせいで死んでも平気なのだろう。

実際そういう人はたくさんいる。

いろんなブログでTNRをしているとみる

そのうちどれだけの猫が術後死んでいるかは隠されている。

術後1日で外に放たれるのだから事故が起きる確率は高い。

それでも手術することができるのだ。普通の人は。こわくないのだ。不安にならないのだ。

でも自分は違う。不安で不安で死にたくなる。だから無理。

 

そして今日も餌をもっていきみけの姿をみて

キジ白の姿がなかったので少しほっとした

みけ2匹だけで増えないなら餌をあげつづけたい

どうか子猫が生まれませんように。

生まれても育ちませんように。

自分は多数の猫の世話をするボランティアなどできる状態ではないのだから。

自分が生きることが難しいほど精神が病んでいるのだから。

不安障害は一生治らない。

鬱病も一生治らない。

希望がない。

そういう性質なのだからしかたない

そんな自分が猫を助けたいと思うことがまちがいなのだ、きっと。

 

自分が死んだら、飼い猫は母が面倒を見てくれる。

でも野良のみけたちは餌がもらえず飢えて死ぬのだろう。

キジ白はまたどこかに流れていって餌を見つけれるかもしれない

でもみけたちはもう1年ここの餌に頼っている。

かわいそうに

私が死んだら一緒に死のう

待っているから

あっちの世界では飢えることはないから

きっとあっちの世界のほうが

私にとっても野良にとっても幸せだろう

 

もう不安になる必要もなくなる

 

ああ、やっぱり死ぬ方がいいのかな

この世界は不安ばかりで真っ暗だ

 

そしてこの暗闇は他人には理解できない

カウンセラーにもわからない

不安というものの本当の怖さを

誰かわかる人はいるのかな

 

不安障害と鬱病と孤独に戦っている人

いるのかな