メイコのひとりごと -13ページ目

メイコのひとりごと

理不尽で、反日に狂った中韓。
それに同調する反日左翼と反日マスコミ。
日本の弱体化をもくろむ「反日の実態」と
日本を取り巻く「危機的状況」を知ってください。
マスコミが隠蔽している「日本人が知るべき真実」を
周知・拡散しています。


<保守への覚醒> 様のブログより転載させていただきます。



韓国の国会議長を凍らせた鴻池祥肇参議院議員の一言


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☆鴻池議員が発した韓国のことわざに韓国側出席者ら「…」


韓国を訪問している自民党の鴻池祥肇参議院議員が8日、国会で姜昌煕(カン・チャンヒ)国会議長に対し「発する言葉が美しければ、返ってくる言葉も美しい」と発言し、物議を醸している。鴻池氏は最近「ナチス発言」で批判を浴びている麻生太郎副総理兼財務相に近い人物だ。

 
姜議長は鴻池氏との会談の席上「実際にあった歴史は消そうとして消えるものではなく、われわれがそれを乗り越え、若い議員らが互いに未来を見据え情熱を燃やすとき、過去はおのずから忘れられる」と述べた。

 
これに対し鴻池氏は「若いころに韓国の友人たちが教えてくれた、韓国のことわざが思い出される。『発する言葉が美し ければ、返ってくる言葉も美しい』というものだ。私はこの言葉がとても好きで、普段から使っている。山積する日韓両国間の問題も、このことわざのように、 互いに配慮し心情を理解することから始めるのが望ましいと思う」と応じた。

 
ところが、鴻池氏の発言に対し、姜議長を初めとする韓国側の出席者たちは当惑し、直ちに会談を非公開に切り替えた。

 
国会議長室の関係者は「鴻池氏の発言は、韓国の大統領による独島(日本名・竹島)訪問などに見られるように、韓国も日本を刺激しているではないか、というニュアンスに感じられる」と話した。

崔慶韻(チェ・ギョンウン)記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/08/09/2013080900884.html





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朝鮮人に都合よく捏造された歴史認識に拘るしか術の無い韓国と言う国。彼の国の言いなりになっていると未来永劫「嘘を真実だと言い、謝罪と補償の強請り集りを覚悟せねばならない」。それが朝鮮人の民度だからだ。



さすがは鴻池祥肇氏、「発する言葉が美しければ、返ってくる言葉も美しい」との韓国の諺を引用して暗に韓国の姿勢に釘を刺したのはお見事の一言に尽きる。



鴻池氏の発言により、韓国側の出席者たちが当惑し直ちに会談を非公開に切り替えた…。



すなわち「実際は、ウリたちが一方的に日本を罵りまくっているよな…」という事を多少たりとも理解してることの表れだろう。まさに「反日」を国是とせねば生きていけない韓国のお国の事情をさらけ出した結果と言える。



近頃、西日本最大のコリアタウンがある大阪・生野の在日韓国人から、朴槿恵政権になり韓国メディアなどが日本の「右傾化」や「歴史認識」などの過激な反日喧伝に関して、「(祖国)韓国は『日本に構ってほしい』という不治の病にかかっている。大多数の韓国人は日本の右傾化など心配していない」と祖国のメディア報道を強く批判する声まで上がり始めている。



そんなかわいそうな国、韓国との儀礼的な首脳会談の良い見本を示してくれたのが今回の鴻池氏の発言だと言えるだろう。韓国の言い分を「ハイハイ」と真剣に聞くなんて外交は、民主党の売国政権時代で終焉を迎えたことを再認識させてくれる鴻池氏の痛快な正論に敬意を表したい。



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転載終了










<覚醒!!大和魂と愛国者の瞳> ひーろP様のブログより転載させていただきます。



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画像:『同盟グラフ』昭和18年6月7日号より




最後の台湾少年飛行兵の遺言

時代や人生に、区切りをつけるやり方はいろいろある。

人それぞれの戦後に、終止符を打つケースもさまざまである。

ことし78歳になるその台湾の老人は、晩夏八月の靖国神社へ昇殿参拝し、台湾少飛会旗を奉納して、戦後60年つづけた元日本陸軍少年飛行兵たる人生を“完結”させた。

背筋をしゃんと伸ばし、老いの目を真っ赤にしばたたせて……。


晩夏の靖国の境内に、セミしぐれが降りそそいでいた。


「日本人は、われわれ台湾に多くの良いことを残してくれました。
なかでも教育勅語に象徴される日本精神は、今も台湾人の誇りであり、心のよりどころです」

それは最後の台湾少年飛行兵が、日本人に伝える“遺言”であるかもしれない。


関連資料:麗しの島で―十四歳予科練少年飛行兵の台湾青春記



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転載終了










<正しい歴史認識、国益重視の外交、核武装の実現>
coffee
様のブログより転載させていただきます。


「バカでもチョンでも」溝手顕正参院議員会長が差別表現と撤回・実はバカチョンに朝鮮人の意味ない


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自民党の溝手顕正参院議員会長「安倍晋三総理のように大変勢いの良い首相の下ですと、もう、ばかでもチョンでも通る(当選する)というような要素があることは否定できない」
■動画
自民党溝手参院議員会長の「バカでもチョンでも通る」発言の音声
http://www.youtube.com/watch?v=RtGhfZZ4GDs




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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130807-00000154-jij-pol
差別表現、すぐ撤回=自民・溝手氏
時事通信 8月7日(水)19時12分配信

 自民党の溝手顕正参院議員会長は7日、党本部で開いた会合であいさつし、「安倍晋三首相のように非常に勢いのいい首相の下だと、ばかでもチョンでも(当選する)という要素があるのは否定できない」と述べた。先の参院選で初当選した議員に地元活動の大切さを説く中で発言した。

 「チョン」は韓国・朝鮮人に対する差別的な表現とされている。溝手氏はこの後、記者団に「問題があると受け取られてもしょうがないので(会合の中で)撤回した」と説明した。


 

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>「チョン」は韓国・朝鮮人に対する差別的な表現とされている。



これは記事を書いた時事通信の見解だが、事実に反しており、時事通信の誤解・誤報だ。

確かに「チョン」は韓国・朝鮮人に対する差別的な表現(蔑称)として使用されることもあるが、「ばかでもチョンでも」と使用された場合の「チョン」はそのような朝鮮人の蔑称ではない。

「ばかでもチョンでも」と使用された場合の「チョン」は、【取るに足らない者】【半端者】【一人前以下】【愚か者】の意味として使われる。

したがって、自民党の溝手顕正参院議員会長の「安倍晋三総理のように大変勢いの良い首相の下ですと、もう、ばかでもチョンでも通る(当選する)というような要素があることは否定できない」との発言における「ばかでもチョンでも」は用法として正しいし、朝鮮人に対する差別的表現ではない。


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【ちょん 】
①句読点・傍点など,何かの印として打つ点。点。
②〔芝居で幕切れに拍子木を打つことから〕物事の終わり。幕切れ。おしまい。「事件はあっけなく━になった」
③「馘首(かくしゆ)」「解雇」の意を俗にいう語。「人員整理で━になった」
④〔俗語〕一人前以下であること。「ばかだの,━だの,野呂間だのと/西洋道中膝栗毛魯文」→ちょんと
大辞林

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「馬鹿だのチョンだの野呂間だの」(仮名垣魯文「西洋道中膝栗毛」)


溝手顕正参院議員会長の発言にある「ばかでもチョンでも当選する」は、上記「大辞林」の④【一人前以下であること】に該当することは明白だ。

だから、溝手顕正参院議員会長は、撤回する必要などなかった。

ウィキペディアでは、『「チョン」は本来日本において江戸時代から使用された言葉で【取るに足らない者】【愚か者などを意味し、朝鮮人に対する蔑称として俗用されることがあるが、由来から考えれば誤用である』】と説明されている。



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チョン (蔑称)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

チョン(ちょん)は

 1.日本において江戸時代から使用された言葉で、取るに足らない者、あるいは含意として間抜け、頭が悪いこと、愚かなことなどを意味する。

 2.1の誤用で、朝鮮人を表す蔑称「チョンコ」「チョン公」などと同一視されて使用されたもの。本来は1とは異なる。


「半 端者」などの意味で使われた江戸言葉である「チョン」は、明治初期に書かれた「西洋道中膝栗毛」における用例(「馬鹿だのチョンだの野呂間だの」)などに も見られる。これは江戸時代からあった言葉で、もとは公益役職などのさいの役務を帳票に記すさいに、筆頭名主のみを役職名と姓名を記したのに対して、筆頭 以下の同役に対しては「以下同役」の意味で「ゝ(ちょん)」を置き姓名を記したことに由来し、「とるにたらない者・物」を意味した。

朝鮮人に対する蔑称として俗用されることがあるが、由来から考えれば誤用であり、原義にはその意味はない。しかし、2のように在日韓国・朝鮮人差別の別の表現と結びついて侮蔑的に揶揄されたことで、蔑称としての意味も持つようになった。それで放送禁止用語の一種(なるべく放送では使わない言葉)とされている。


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バカチョンカメラ

「バカチョンカメラ」の呼称の由来も、上述した「ばかでもチョンでも」と同様に「馬鹿でも愚か者(一人前以下、半端者)でも撮れるカメラ」として呼ばれるようになったようだ。

「バカチョンカメラ」にも、朝鮮人の意味はない。

ウィキペディア には、次のとおり説明されている。


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バカチョン
(一部抜粋
「専門知識がなくても誰でも使える」「馬鹿でもちょんとシャッターを押せば撮れる」「馬鹿でもチョンでも」扱える操作が簡単なカメラの意味で使われたことから、その別称としてバカチョンカメラという言葉が広まり、バカチョンはコンパクトカメラをさす言葉となった。
バカチョンカメラは、従来カメラと縁遠かった女性や子供を販売の対象としており、かつて高嶺の花であったカメラを安い値段で、いつでもどこでも誰でも簡単に撮影できるものとした商品であった。
元来はこの名称にはコンパクトカメラへの親しみが込められている。

ちょんが韓国・朝鮮人の蔑称であることから、「バカチョン」は「馬鹿でも朝鮮人でも使えるカメラ」だとの誤解が広まり、現在は放送禁止用語となっている。
朝鮮人の異常な差別意識が、日本で古くから使用される用語を歪曲させた典型例である。

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「バカチョンカメラ」の名称の由来として他にも【アメリカで安価な家庭向け個人所有カメラが普及し始めた頃に付けられた愛称「Vacation camera」(バケーションカメラ)が日本に入ってきたときに訛って付いた】との説もネット掲示板に投稿されていたが、少し無理があるような気がする。

いずれにせよ、「バカチョンカメラ」にも「朝鮮人」の意味はない。

結局、「ばかでもチョンでも」にも「バカチョンカメラ」にも「朝鮮人」の意味はなく、朝鮮人に対する差別的表現でないことは確かだ。

「ばかでもチョンでも」発言を撤回した自民党の溝手顕正参院議員会長も、その溝手発言に関する記事で【「チョン」は韓国・朝鮮人に対する差別的な表現とされている】と書いた時事通信の記者も、二人とも勘違いしている。





ちなみに、蛭子能収も「バカチョンカメラ」の「チョン」については朝鮮人・韓国人の蔑称と勘違いしていたようであり、5年以上前にテレビで次の発言をし、笑い話となっている。

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蛭子能収「昔、デジカメとかまだ無い頃ですよ、バカチョンカメラを持って行ったんですよね、私」

アナ「‥あの、簡単なカメラですよね?」

蛭子能収「ああ、バカチョンカメラ。で、バカチョンカメラでですね‥」

アナ「あの、すみません。おっしゃる意味はわかるんですが、その言い方ですと誤解を招く恐れがありますので‥」

蛭子能収「あ、バカチョンって言ったらダメなんでしたっけ?じゃあ、その‥バカでも韓国人でも撮れるカメラでですね‥」

アナ「‥‥」




「朝鮮人の異常な差別意識が、日本で古くから使用される言葉を歪曲させている!」