「君が代は
千代に八千代に
苔のむすまで」
(10世紀に編纂された勅撰和歌集『古今和歌集』巻七「賀歌」巻頭に「読人知らず」として「我君は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」とある短歌を初出としている。)
私は月に一度、フラワーエッセンスお茶会を開いているのだか、
第1回目に、この「君が代」を参加者で歌いました(むちゃぶり💦)
その時、じつはは初めて歌詞をまじまじ見たのです。。。
そこで、印象にのこったのが、「さざれ石」と「巌」というキーワード。
さざれ石といえば、角が取れて丸っこくなった小さなひとかけらの集まり。。。
それに想いを馳せていたら?・・・
こんなことが降りてきたのです。
「あなたが依り代にしているものは、
さざれになる前、それはひとつだった。
それは、バーンと何かの拍子に、砕け散った。
どこかにぶつかった?内側の圧力に耐えきれなくなったのか?
散らばったカケラは、鋭利で割れたガラスのように鋭い。
その角々、とんがりがとんがりにぶつかり合い、欠けたり擦れたりして千代に八千代に気の長くなる時の中で、丸っこくなった。
その石は、また元の通りに、戻りたいと思っても、
もう、この形ではくっつくことはできない。
それが分かって、元来た道には戻れないことを理解して、がっかりとあきらめた。悲しかった。
愛しさと切なさとこころ強さと。
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そんな気持ちを抱きながら、過去にさようならをいい。前を向いて歩こうと決断する。
ひとりでまんまるになろうと決める。
そうゆう想いをカミと呼ぶ。
右脳と左脳を上手く使いながら、右脳は方向性を、左脳はそれを実現させる手段を考えながら、想いを現実にしていこうと。
そんな地球人は、両性具有。つまり宇宙人!
へとの第一歩へと歩をすすめる。
そうしてまんまるやさざれを繋げるためのコミュニティーができはじめ、巌となる。
それは、地球の自然を破壊せず、自然とともに生きるコミュニティ。
巌は苔むしていく。」
(トゥーランドさんのYouTubeがみつからなかったので、こちらを張っておく!天外さん好きだし。)
それには、これまでの価値観や植え付けられたプログラミングがつまり波動の低いものをごっそりと脱ぎ捨てる。
2026年は、元には戻れないと知って、自分がカミになろうという決断の歳ではないかと感じる。
波動を上げた地球では、ネガティブな感情が、どんどん偽物、
まぼろし。だったと判り、本来人はカミであったのだ。と気づきだす。。。
以上、私の見えかたです。