しとしとと小雨が何日も降り続け、灰色の空を見上げながら、古月(こげつ)は不安な思いに包まれていた。最近、ジャスミンの母親が亡くなったのだ。母と深い絆で結ばれていたジャスミンは、幼い頃から無限の愛情を受けて育ち、今は深い悲しみに沈んでいる。

古月は何度も励まそうとした。「人は死ねば戻らない」「前を向かなければ」などと、いろいろな言葉をかけたが、ジャスミンは「うん」とうなずくだけで、すぐにまた深い悲しみに沈んでしまう。

時折、彼女がひとりで静かに涙をぬぐっているのを見かける。遠くを見つめる目は虚ろで、その姿はまるで魂が抜け出してしまいそうなほどだった。

 「このままじゃだめだ」と古月は思った。空虚な慰めの言葉では何の意味もない。知恵を使って、頭を働かせて、この問題を解決しなければ。彼女の苦しみは、いずれ自分にも重くのしかかってくるのだ。

 若い頃、女の子を口説くために少し心理学をかじった古月は、人の行動は脳の皮質の興奮状態によって支配されていることを知っていた。ある部分の皮質が興奮すれば、別の部分の活動は抑制される。だから、マンリーの悲しみに支配された脳を休ませるには、別の部分を活性化させる必要がある。

あれこれ考えた末に、古月は「店を開こう」と決めた。

 前から少し興味はあったが、なかなか決心がつかなかった。二人とも食べることにはこだわりがあるものの、飲食業の経験はゼロ。レストランでのバイトすらしたこともない。しかし、今は事情が違う。赤字になっても構わない、金儲けのためじゃない。これは、命を救うための挑戦なのだ。

 愛する彼女のために。利益なんてどうでもいい。ジャスミンが笑顔を取り戻せるのなら、古月にとって、それが何よりの報酬だった。

 ちょうどその頃、銀座で飲食店のテナントが空いていると知り、当日すぐ現地に向かって話を進めた。すべては順調に進んでいた。だが契約直前、中国で「武漢肺炎(コロナウイルス)」が発生、日本にもすでに感染が広がり始めていた。 

 SARSの記憶がよみがえり、古月は不安になって一歩引こうとした。しかし、ジャスミンは言った。「約束したことは守らなきゃ」。古月も思い直した。「たとえ少し損をしても、信頼を失うわけにはいかない。人として信用を欠くことはできない」と。武漢肺炎の拡大前に少しでも早く店をオープンさせようと、注文していた看板が一ヶ月以上かかると聞き、間に合わない。そこで古月は、自分で看板を作ることにした。武漢肺炎(コロナウイルス)の感染が広がる前に急いで店をオープンさせるため、看板を発注しても二ヶ月以上かかるので間に合わない。そこで、古月は自ら手を動かすことにした。店名に「創作」という文字が入っている以上、看板も自分で創り、唯一無二のものにしなければ、その名前にふさわしくないと思ったのだ。