2023年2月に投稿した記事ですが、再投稿させていただきます。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
『これを食べれば医者はいらない』という本を読んでいたら、放射能汚染に負けない食事について書かれていました。
1945年、原爆で被爆しながらも正しい食事をすることによってご自身は原爆症を患うことなく、被爆者の治療にあたり、89年の人生を全うされた、医師の秋月辰一郎(あきづき たついちろう)さんの話が載せられていましたので、ご紹介させていただきます。
8月9日に長崎市に原爆が落とされた時、秋月さんは爆心地から1400メートルのところにある浦上病院、今の聖フランシスコ病院で働いていました。
最初は落とされた爆弾が原子爆弾であることは知らなかったそうですが、焼けただれた人たちの様子を見たり、ご自身の体調が変化するなかで、秋月さんはレントゲン・カーターのことを思い出したそうです。
レントゲン・カーターというのは、レントゲン技師が、放射能を浴びたときにからだがだるくなる症状で、塩水を飲むとこの症状を防ぐことができたんです。
そこで、秋月さんは病院の職員に「爆弾をうけた人には塩がいい。玄米飯にうんと塩をつけてにぎるんだ。塩からい味噌汁をつくって毎日食べさせろ。そして、甘いものを避けろ。砂糖は絶対にいかんぞ」と命じたのです。
なぜ塩だけでなく、玄米や味噌汁まで出てきたのかというと、秋月さんは小さい頃からからだが弱く、自分のからだを治そうと医者になり、食養の知識と経験があったため、造血作用のある玄米や味噌汁を飲ませるよう、そして溶血性の砂糖を禁じるように指示したのだそうです。
しかも神の御手(みて)とでもいうんでしょうか、この浦上病院は当時長崎の玄米の貯蔵庫になっていて、玄米、そして味噌やわかめが、被害を受けない状態でたくさんあったんです。
秋月さんをはじめ、彼の言葉に従ってその後も塩気をきかせた味噌汁を飲み、ご飯を食べ、甘いものは極力食べないようにした浦上病院の職員は、原爆症にかかることもなく、みなさん長寿を全うされたといいます。
逆に、秋月さんの教えを聞きながらも、甘いものを食べてしまった人は、それまでなんとか元気でいたのに、みるみる弱ってしまったそうです。
この話は、秋月さんのご著書『死の同心円』という本に詳しく書かれているそうです。
とにかく、放射能だろうがなんだろうが、食事によってからだを健康で丈夫な状態にしておけば、必要以上におそれることなどないと、『これを食べれば医者はいらない』のご著者、若杉友子さんは書かれていました。
私は、この話を読んで、放射能対策、及び食糧危機に備える意味でも、こちらの真空パックの無料オプションを選べる、無農薬の玄米を買っておこうかと思いました。
味噌は、「どれだけ助成金が出ても、昆虫食の味噌、醤油を作る事はない」と明言してくださっている「マルカワみそ」さんの味噌を購入したいと思います。
追記:コメントで教えていただいた「秋田の大潟村の無農薬の玄米」、こちらも真空パックで、楽天で販売されていました!
奇跡のリンゴで有名な木村さんの農法だそうです!
最後までお読みいただきありがとうございます。




