先日、月命日の法要をおえました。
急性心不全で、母の腕の中で逝った父は
きっと幸せだったと
81歳という男性の平均寿命が
父の寿命だったと、日々自分に
言い聞かせています。
けれど、
突然、日常を無くしてしまった
母の心を
娘の私では支えきれません。
書類の手続きや、やらねばならぬ雑務が
終わらないと、母は心配で不安だと言います。
まだ、私たち家族の前では、泣かない母です。
実家にいくと、
私が撮った最高の笑顔の遺影の父に迎えられ、いつも心がざわつきます。
もしかしたら、喜寿の時のこの写真を選んだことが、日々母を苦しめ、私を現実逃避させてしまうのかな?
昨夜、急に久しぶりに、太ももに筋肉痛のような痛みがありました。
前日、ヨガで伸ばしたせいかもしれません。
けれど、その痛みから私もすべてが、
悲しくて悲しくて‥眠れなくなりこのブログを書いています。
3年前、胃瘻をという選択をして延命を選んだ
義父をみていて、
辛そうで、自分の親は延命はしないと
思ったけれど、
倒れて適切な心肺蘇生法をするまで、13分を超えていたため、脳の機能はもどらないだろう、
心臓カテーテルの処置はこの体には
負担も大きいと
説明を受けて
病院で延命措置を断った母。
夫婦で日頃話し合いをしていたことを認められ、
父はそれから5時間で意識が戻ることなく
この世からいなくなりました。
もし、あの時、延命措置をして、少しでも入院して命を繋ぎとめ、別れの準備をする時間があれば
私たちはもっと受け止められたのでしょうか‥
実は父は一年前に、アルツハイマーの初期だと
診断をうけていました。
けれど、私たち家族しか気づかない
小さな変化。
今後、病状が悪化していく将来を
どう介護するべきか母と心配していた矢先でした。
脳トレ筋トレなんかしなくても
父の現実に優しく寄り添えばよかったのかもしれません。
こんな急な別れ方は辛すぎるよお父さん。
母にかける言葉、自分に言い聞かせる思いを
模索し続けています。
子供たちが小さい頃、障子の汚れをかくす応急処置をしてくれた父の紅葉🍁
昨年の息子の結婚の準備の時にも行き届かず
父の遺作になると嫌だから
早く張り替えをしないとなぁと
思っていたところでした‥‥
