やぁやぁ、皆さん。

ナマステー。


わしをよく知ってる人も、なんとなく知ってる人も、よー分からんけど気にはなってるって人も、お前嫌いやねん!って人も


こんばんちわ、たづです。


久々に長ったらしい文章を書きます。

書いておこうと思った。





小さい頃、親父によく連れられてスナックで松任谷由美さんの「真夏の夜の夢」を歌ったのが私にとって歌の始まりだった。

大人達はめちゃくちゃ喜んでた(

今思えば、5歳で真夏の夜の夢はマセガキでしたね(


14歳の時

家庭や交友関係も複雑で

男女や性に対して大きな疑問をもち、私は世に言う中ニ病真っ盛りでした。

(世に言うって言うてんな(分かる人達なら分かるネタ)


人間不信、人間ってものに不信感をずっと抱く時期に中学で出逢った大学生の教育実習で来てた女性の音楽の先生の出逢いが今の自分に繋がってると今も思ってます。


人と関わりたくなかった1匹狼の私は昼休憩を1人で音楽室で過ごすのが好きでした。

信頼できる友達は数人いましたが、違うクラスだったり皆には皆のチームがあったり。

恋愛、SEXしか勝たん!みたいな女マジ嫌いやったわー(

あと、男の親友の幼馴染がめちゃくちゃモテたんです。

えぇ、それはそれは。

中学生になったら尚更もうね(語彙力


、、、、なんか、めんどくせぇーなーって(


広いし、夏だったし当時クーラーもなかったけど風通しもよくて涼しいし誰も来ないしで良かったので。


憩いの場に、その教育実習の先生が来て、邪魔しにきやがってって思ったのは事実だった。

「実習最終日だから、音楽室を掃除しにきたの」

そう言うと日頃生徒が入れない所を徐に掃除し始めて、そこに何本か錆びたフォークギターが並べられてました。


うっさいなぁー思って、見に行ったらめちゃ満面の笑みで埃だらけの先生がいて、何を思ったのか「ギター弾いてみる?」と。

「アホなん?」って言い返したん今思えばめちゃ失礼やったなと思う(


先生はピアノを弾く人だった。

ギターは弾けないけど、この音はコレだよーって、開放弦時の音をその場でピアノ弾きながら教えてもらったのは覚えてる。


先生が居なくなってから、いつもの日常が戻ったなぁーって思ってたけど、昼休憩暇やしギター触ってる自分がいました。

初めは井上陽水さんの「少年時代」を短音でおってたなぁ。


それを繰り返しているとあの曲も弾いてみたいってなって、ギターのコード譜とかいっぱい載ってる本とか買ってたなぁー(


自分のギターは持ってなかったから、昼休憩の楽しみがそれに変わってた。


ある日、いつも通り昼休憩を過ごしてたら何人か音楽室を覗く人達。


ギター楽しそう、自分達もしたい


との、事だった。


アニメ好きや内気な人達だった。


たづさん、怖いイメージだったけど、なんか楽しそうやし声かけてみたって。


そっから、昼休憩、一緒にギターを弾くってのが数ヶ月続いて、人間不信が少し和らいでいったのを今も覚えてる。


この人達も沢山いろいろ抱えてたし、男女とかそーゆーの関係ない人種の人達ばかりだった。


言葉変かもしれないけど、人間っておもろいなって、この時から思う様になった。


そして、たづさんの声が好きだと。

歌声に救われた、元気出たって。

言ってくれる人達がめちゃくち居た。



音楽って、すげぇなって。



長々と書きましたが。


15歳からボソボソ音楽をし、18歳の時に音楽をしようと田舎和歌山から大阪に出てきました。


いろいろあった。


自分の思い描いてた音楽人生とは全く違うものだった。



音楽人生の大半をここ大阪九条で過ごし明後日2023616()にアコースティックワンマンを九条で行います。


個人的には3度目のワンマン。


少ない、、、、(

まだまだです。




これからの事も沢山考えました。


来れない人達は残念だけど、引き続きよろしくっす。


来れる人達は当日よろしくね。




今までも勿論大切だったけど、今回は今までとこれからの人生観に寄り添って行います。




唯一続いてるんAbsoluteだけやわー(


今までを知ってる人達も、これから知ろうとしてくれてる人達も

これからもAbsoluteをよろしく。


お知らせもあるからね。


最後まで読んでくれてありがとう。


たづ