2014年4月8日に救急車で運ばれ
ほんの1週間前迄は自転車乗って買い物にも行き
運ばれる3日前迄はお酒も飲んでた父
目眩と吐き気にみまわれ
検査の結果
小細胞肺癌と告知され
身体中あちこちに転移し
1番ビックリしたのは
脳に70個以上の腫瘍……
私達は勿論
先生も
看護師である
父の妹も
「こんなの見た事ない……」
と言ってました
告知を受けた父は
歩こうとはしなかったけど……
ご飯もモリモリ食べてくれてくれていました
多分
頑張ろうとしたんだろーと思います
そんな父の治療が始まったのが
4月16日
放射線治療は
全脳放射
時間はほんの5分位でした
抗がん剤は
1時間づつを2種類
この時私は
全く!この病気の知識がなく……
先生に質問する事もなく……
抗がん剤の種類も
ステージが何であるのかも
知りませんでした
弟は知ってたのかもしれないけど
記憶が抜け落ちてるのか?
よくわからないけど
ほんとに何にも知らない……
まぁさぁ
まぁさぁ!
ステージは
こんだけ酷いことになってるから
ステージIVだよね……
今なら聞かなくてもわかるわ
で
1クール目
1回目の抗がん剤が終わり
お昼ご飯を食べたらちょっとしんどくなったけど
まだ全然大丈夫でした
ご飯も食べれてたし
でも
5日位過ぎた頃から
しんどくなりだし
熱が出だし
白血球が徐々に減っていき
なんと!
200迄落ちてしまいました……
白血球ほぼない状態
菌も体の中に入ってしまい
熱も上がってしまい
クリーンルームへお引越し
抗生物質を入れて
血小板の輸血……
先生の話では
凄く危険な状況やったみたい
挿管もしなあかんかもしれへん感じの所迄いったそうやけど
何とか持ち直しました
勿論!
こんな状態では治療が出来ず
治療はお休みになってました
もうねぇ
父の顔の色は無くなってた……
白いとゆーか
人の顔色ではなかった
そして父は
この時の事はほぼ覚えてないらしいです
しんどかったんやろね……
入院して告知を受けて少しした時
父が
「お父さんの財布取ってくれるかぁ」
とゆーので
父の財布を渡すと
財布の中を
ゴソゴソ
ゴソゴソ
そんな父を見て
弟が
「なんや?宝物でも入ってんのか?」
と聞くと
「そぉーやぁー 宝物入ってんねん」
ってゆーて財布から取り出した物は
私と弟の小さい時の写真……
これを見た時
クラっとしました
そして
書いてる今も涙が出る(笑)
私も
弟も
親不孝ばっかりしてました
父の病気がわかった日から
今も私は
悔いと後悔しか残ってません