アシュタンガヨガ神戸を訪ねて、誠也先生の下、
今日で丸5年。①41歳だからウップルティヒ41呼吸。②キャッチはダイレクトトライしてみる③感謝を忘れない練習にする。車の中で3つの約束を自分としました。
大きめの目標をたてることが苦手です。
どおにもならない。
流れに任せちゃえ。と思うことも多い。
でも、小さめの目標、小さな決め事を
つくることは大好きです。
火曜は遅めにいくことが多くなってたけど、
今日は6時すぎ先生のチャンティングに、
間に合うように行きたかった。
さらに練習前、
ジャパをしてお祈りをして、
想いをのせてグルストートラムの
チャンティングを捧げることができました。
妻、母、生徒、アシスタント、指導者、
すべてに反省点が多すぎるけど、
練習を続けてきて
体も心も変わったなぁ。
と、思えることは本当に多い。
成長は感じるけど、
まだまだ自分の物差しで測ったり、
無知を認められずに、
私が正しいと思い込んだり、
明らかにいいことをしている。と、
勝手な思い込みをしたり、、
『調子にのってる。』
『思いあがっている。』
『初心を忘れそうになっている。』
そんな自分に気づいて
ガッカリすることも、
正直、たくさんありました。
そんな時は、
ちゃんと気づかされるような
出来事が必ず起きるんです。
パサってマットを広げて、
サマスティティヒで立てば、
マットは色んなものを
吸収してくれていたのかなって、思う。
色んな感情と向き合うマットの上、
しまってきた過去の嫌な蓋も、
少しあきだしている感覚が
確実にあったりします。
よくも悪くもありのままの姿がでてしまう場所で、
5年間どんな感情気分も吸収してくれてた。
今日は念入りにマットを拭きました。
マットの上や
神様の前、
お墓の前は、
私にとっては、
同じかもしれない。
どんなことでも
過去の後悔や
弱虫の泣き言も、
愚痴やクソカスの悪口さえ、
もちろん嬉しいことも、
自慢したいことだって、
わかってほしいことだって、
いつまでも永遠に聞いてくださる、
ここでは、なんでも
言っていいような気がしています。
そして吸う吐くを繰り返しているうちに、
居心地がいいところに戻れてしまう。
持ちつ持たれつを思いだせる。
小さな幸せに気づけないことほど、
怖くて不安なことってないな。と思うし、
見逃さずに敏感に気づいていたいと思うんです。
あー、
それがヨガなのかなぁ。
本当に有難いなぁ。って、、、、
想えば、すぐに
涙が溢れるようになりました。
軸がぶれて、
グラグラしても、
弱気なときも、
戻るスピードは、
少し早くなってきたと思うから、
きっと心も成長してるんですよね。
(これからも、乞うご期待笑笑)
バックベンドでキャッチ自立した時に、
涙が流れたことが一度だけありました。
嬉しい、悲しい、痛い、
なんの感情もなかったように思うけど、
なぜか涙が溢れてとまらなかった。
そのあとは爽快な気持ちで
心が空っぽになって不思議でした。
その一回の不思議な経験が、
どおしても忘れられません。
スピリチュアルジャーニー
何が経験できるか、
何もないかもしれないけど、
(期待してるとアウト笑)
でも、まろやかオバサンは、
少女のように色んなことを
夢をみていたい。
楽しむか
楽しまないか、
信じるか
信じないか、
残りの人生、
わたしは迷わずに、
『 信じて楽しむ 』
を、選んでいこうかな
と、思っています。
どこにいても、
何を見ても、
誰とお話をしていても、
今日、湧いてくる想いは
やっぱり一つだけだった。
感謝とありがとうございます。
それしか、ありませんでした。