週末学生時代の友達に会ってきました。

子供ができないことを悩んでいました。

この自分の力だけではどうにもならないことに対しては本当にどうすることもできなくてただただ聞くことしかできなかった。

私の周りの多数の友達は普通に出会って、普通に付き合って、結婚して、子供ができて、家を買って、二人目を授かって、車を買って。

私が見えてる面だけで言えば恋愛エリート。

だから私も普通にその同じ道を辿れると思ってた。

でも、私にとってみんなが普通にできたことは普通ではなかった。

私はきっと心の深い深い部分で絶望を抱いたんだと思う。

大好きだった人を失いよくある失恋だけど私にとっては人生最大の出来事だった。

でもそのお陰でどうしようもならないことがあることを知った。

一言で言ってしまえば縁がなかったんだ。

お付き合いの中で子供ができなかったのも縁がなかったんだ。

これは、思い込みの反映なのか、発した波動の結果なのか、引き寄せなのか、全てなのかわからない。

でもだから同じ時間を過ごすならできないことに目を向けて悩む時間に当てるなら趣味や好きなことに目を向けて過ごしてしまった方がいい。

私が抱えてる悩みは違うけど、普通は普通じゃない、奇跡だよ、私だって普通に結婚できると思ってた。と悩んでる友達に言ったら、笑いながらごめんね、と言われた。子供以前に結婚すらできてない私に謝罪した。

一瞬悲しくなった。

きっと友達の中にある少しの優越感が見えてしまったから。

そして私にデキ婚とかしちゃいそうだよ、とも言われた。きっと友達も不安なんだろうな、と思った。

今までだったら私の中にある闘争心に火がついて、絶対先に妊娠してやる!なんて意地悪なこと思ったと思う。

でも今回は一瞬悲しくなっただけで何にも思わなかった。

むしろ、あまり悩まないで自然妊娠してほしい。と、私も負けたくない!なんて全く思わず私よりどんどん幸せに、なって欲しい。と。

そんな自分に驚いた。

好きな人と結婚して子供を持つことに憧れて生きていた私の壮大な夢をあっけなく叶えてゆく世間に友達に勝手に焦り悲しくなり絶望した私の最後の思いは絶対みんなよりお金持ちで優しくてかっこよくて仕事ができる最高な人と結婚して幸せになってやる。って

どこかでずっと思ってた。

でももうそんな謎の劣等感やライバル心いらない。

人はみんな多面的で

私が観測した面だけ並べたら恋愛エリートのみんなでさえきっと私が知らないだけで人生の課題、テーマあって、もしかしたら、そのテーマは、私は簡単にクリアしてる部分もあるかもしれなくて。

固定概念がないと自分が確立できないから

そんな固定概念を変えよう。

自分の人生自分が見たいように創ってる。

周りの影響は受けることがあっても決定をくだしているのは自分しかいない。自分の人生の舵は自分でやるしかない。

それは思い込みを変えたり

反応を変えたり

言葉を行動を変えたり

自由自在。

卑屈に生きるより無邪気に生きたい。

限られた貴重な時間。


ずっと笑っていたい