1年前のクリスマス、彼に出会った。

私は、とにかく魅力的に映る彼の姿に一瞬で虜になった。

遠くへ行っても彼以外見えなかった。

 

私たちは出会ったすぐあとにヤッた。

付き合うとかいう話にはならないことにはすぐに気が付いた。

私たちはその後も3ヶ月に1回の頻度で会っていたが

私からもそういう話はもうしなくなった。

 

とにかく彼が好き、彼に会うことができる。

その関係が続くのならこのままでいいと思っていた。

 

 

2016年11月20日

彼が大阪に来ていたので会った。

でもこの日会うのは半年ぶりだった。

嬉しくて嬉しくて、どうしようもなかった。

私たちはいつしか生でのセックスが当たり前になっていた。

大丈夫かな、と毎回片隅には思いながらも大好きな彼を前にそんなことも言えずに私は全て受け入れていた。

 

 

2016年12月

仕事に支障をきたすほどの眠気。異常な食欲。

そして謎の気だるさと終始続く体調不良。

仕事があまり上手くいっていないこともあり、ストレスだろうと思い、

毎日栄養ドリンクとサプリでごまかしていた。

 

薄々気付いてはいたが生理が来ていないことを思い出す。

前回は確か10月初め。

そのことを初めて周りに話し、彼との妊娠を疑われた。

私はまさか、と笑っていた。

 

 

2017年1月

実家に帰りゆっくりすると少しは体調が良くなった気がした。

ただの栄養不足か、と思っていたが、大阪に帰り仕事が始まるとやっぱりしんどい。

お酒も飲みたくない、飲んでも1杯で吐く。

明らかにおかしい。

 

杏寧に、期間が過ぎると手遅れになると言われ、本気で1度検査することを勧められる。

 

 

2017年1月9日

まさか、ありえない。そう思いながらも手遅れでは困るという思いからやっと検査薬を購入。

夜、1人で検査。一瞬で陽性反応。信じられなかった。

 

嘘、嘘でしょ。すぐに打ち明けられる人たちに連絡した。

 

最初に、出てくれたのが舞ちゃん。

取り乱す私を落ち着いてなだめてくれた。

「悪いことじゃないんだよ」そう言ってくれた瞬間、少し安心した。

だけど満帆はどうしたいの?って聞かれたときには堕ろす以外の答えが出てこなかった。

 

次に出てくれたのがゆみ。

同じく、うんうんと話を聞いてくれた。

まさか産むつもりはないよね?と聞かれたときにやっぱり現実的に厳しいよな、と感じた。

私はこの時、何の覚悟もなくこんなことになった事の重大さを全く理解していなかった。

 

その後、連絡が取れたのが、杏寧。

その時はもう落ち着いていた私は冷静に状況を報告、

途中で電話がおかつさんにかわる。

たくましい言葉を言われたとき、おかつさーん、とふざけた声を出した私に

「わかっとんのか?お前は今から人を殺すんぞ?」と言った。

考えが足なさすぎる自分が本当に恥ずかしいが、その言葉を言われたときに何のことだか本当に理解ができなかった。

 

初めて厳しい言葉を言われ、電話を切り一人になった後で初めて、取返しのつかないことをしてしまったことを知る。もう、どうしようもなかった。

 

 

2017年1月10日

仕事をしていても全く身が入らない。

新年の挨拶回りで先輩への同行もあったが、終始の自転車移動にイラつく。

なるべく衝撃を与えないようにと無意識にお腹を庇う。

普段自炊することは滅多にないのに、片っ端野菜を買って料理をした。

妊娠中は良くないんだよな、と毎日欠かさず飲んでいたコーヒーも止める。

誰のため?自分のため?それとも。

 

 

2017年1月11日

午前休をもらい、病院に検査へ行った。

そこは中絶専門の診療所。

受付で妊娠有無の検査を、と言うとじゃあこういう事でいいですか?と看護婦さんが示す先を見る。「中絶手術の手続き」

私は何も言えないまま、斜めに頷いた。

 

先生は男。

下着を脱いで椅子に座る。

触診はさすがに女かと思ったのに男の先生で、お前かよ、と嫌悪感が募る。

最悪、最悪、早く終われ。それだけを考えていたとき、ふと声をかけられる。「見えますか?」

何よ、と思い目を向けるとモニターにエコーの画面。私のお腹の中だった。

「ここにいますよ。見えますか?」

 

そう言いながら示された先に、小さくてもはっきりわかる白い影。

ドラマとかで見たことのあるシーンだ、なんてことを考えた。

その時は、自分に実際に起こるなんて想像もできなかった。

いや、実際あってもこんな状況でそのシーンを体験することになるなんて思ってもみなかった。

 

私の中でちゃんと生きているその姿を見たとき、ああ、もうだめだ。と思った。

何がだめなのかわからないけど、そう思った。

 

その後、呆然としている私を前に機械的に進められる手術の説明。

全くついていくことのできないまま予約の手続きをして待合室へ戻ると、杏寧がいた。

私のために同じく午前休をとって来てくれていた。

戻ってきた私の背中を何も言わずにさすってくれた。

いろんな感情が溢れて涙が止まらなかったあの時、杏寧がいてくれて本当に助かった。

 

 

その夜、彼に電話をした。

久しぶりに聞いたその声に、これから打ち明けることが怖くなった。

だから、思い切って一言で言い切った。

「まじでっ?」最初の頃の私のような、何もわかっていないような反応。

そして私は聞いた。「こういうの、今まであったことある?」

彼は答えた。「何回かある。」

今の悩み苦しむ私からは信じられない回答だった。

ああ、この人は何もわかっていない。過去から何も学べていない。

 

そして私はまた聞いた。「あなたはどうしたい?」自分の考えを言う前に。

彼は言った。「正直、今、子供は欲しくない」

 

 

わかっていた。彼はどこまでも自由な人で、そんな彼を私は好きで。

だけど馬鹿ではない彼は、私とこういうことをするのはもしものことがあったときに責任をとる覚悟があるからなんじゃないかって。

いつしかそんな勝手な妄想をしてしまっていたようだ。

彼が受け入れてくれたら、もしかしたらこの子を助けることができるかもしれない。

その時は私も覚悟を持って向き合おう。そうしよう。

 

でも私のそんな浅はかな考えは一蹴された。

 

私はこの子を守れない。

 

いや、彼に断られたとしても一人で責任を取っていく覚悟がなかった私も同罪。

電話を切ったあと、ごめんね、ごめんなさいと繰り返して泣いて気付いたら朝だった。

 

 

2017年1月12日

無気力の中、仕事に向かう準備をする。

スーツを着るが、ズボンが閉まらない。

日に日に少しずつお腹が大きくなっていた。

この子は外に出ることを心待ちにして順調に育っている。

それを思う度に心が潰されそうだった。

そして、どうにかならないのかって思いがどんどん強くなる。

今の日常は本当にこの命を捨ててまで続けていく必要があるのか。

命よりも大事な仕事なのか。

そんな自問自答をしていると、やっとの思いで手に入れたはずの今の仕事にも真剣に向き合えなくなってきた。

全てから逃げている気分だった。

 

彼に中絶の同意書、それとエコーの写真も同封して送った。

今回のことで彼に事の重大さを知ってほしかったから。

それと同時に土壇場で考えを変えてくれるんじゃないかという、淡い期待をここにきてもまだ抱いていたんだと思う。

 

 

 

2017年1月13日

もう誰でもいいから、この子を助けて欲しかった。

誰かに大丈夫って言って欲しかった。

 

本気でそう思って、すがる思いで会社の先輩一人だけに打ち明けた。

だけどすぐに後悔した。

優しく聞いてくれたけど明らかに引かれただけ。ガキがバカなことをしたと思われただけ。

こんなに悩み藻掻き苦しんでも周りからはそういう風にしか見えないんだ。

 

夜、前日処置で病院に行った。

機械的に進められる作業や環境には慣れた。

次の日の説明をされた。

子宮や他の臓器を傷つけるかもしれない危険性、今後流産しやすくなる恐れとかのリスクを聞かされたけど、本当に何とも思わなかった。

この子はもっと怖くて痛い思いをするんだ。私の体なんかどうなったって構わない。

 

その後、舞ちゃんが大分から来てくれた。

寒波で帰りの新幹線がどうなるかわからない中、仕事が終わってすぐに来てくれた。

顔を見た瞬間、一気に気持ちが緩んだが、人前でわーんと泣けない私はこらえてしまう。

 

家についてしばらく話して寝る。

暗く静かになった部屋の中、眠れない。

明日この子をお別れするんだ。いやだ。いや。離れたくないよ。神様お願い助けて。

ねえ、なんで私を選んだの?私はあなたに何もしてあげられなかったよ。

ごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんねごめんね。

 

そんなことを考えているといつの間にか思いっきり泣いてたみたいで、それに気付いた舞ちゃんがなだめてくれた。

そうして泣きつかれて眠った。

 

 

2017年1月14日

6時過ぎに起床。

7時45分に病院の前に到着。

病院が開くのを待っていると、朝早いのに杏寧も来てくれた。

本当に私は周りにこんな素敵な人たちがいて幸せだなと思う。

この子にも自慢してあげたかったな。

 

そんなことを思いながら病院へ入った。

 

すぐに着替えさせられ、ベッドで横になりながら点滴をされた。

そういえば手術内容はちゃんと聞いてなかったことを思い出し、その場でも特に説明もないので、どこでどんなことをされるのか全くわからない状態だった。

促されるままに椅子の診療台へ移動する。椅子が上昇し足を開かされる。

 

ああじゃあここで手術するのか。

そう思っているうちにテキパキと周りで準備が進められる。

指に血圧計をつけられ、ピッピッと心音が鳴り始め、酸素マスクをつけられる。

なんか本格的だなあ、とかここにきて呑気なことを思った。

先生が来て点滴に薬剤を注入していた。

 

うわーすごい。一気にぼーっとしてきた。すげー目回る。

 

 

お腹を下したときのような鈍い腹痛で目が覚めた。

お腹いったあーってか一瞬うとうとしてたなー、って、あれ?

私、ベッドにいる。診療台じゃない。なんで?

 

本当に不思議な感覚だった。

時間にして絶対に5~10分くらいしか経ってない。手術はまだ終わってないはず。なんで?

でも、自分のお腹を触った瞬間に分かった。

 

あ。いなくなってる。

 

 

正直本当にあっけなかった。

こんなにあっけないから2回3回と堕ろす人がいるんだと思った。

 

だけど終わって病院を出た瞬間、猛烈な吐き気に襲われた。

外で待っていてくれた舞ちゃんに支えられながらやっとの思いで家に帰りついた。

いつもの帰り道のはずが果てしなく長く感じた。

 

帰宅したら舞ちゃんが買い物に行って、寝てたらいっぱい食材買って戻ってきた。

私のためにたっくさん料理を作ってくれた。

そして終わると私を家に置いたままで帰っていった。

 

舞ちゃん。舞ちゃんがいなかったら私、本当にダメだった。

本当に支えられた。感謝してもしきれないよ。

こんなどうしようもない私を助けに来てくれてありがとう。

 

 

私の中にいてくれた赤ちゃんへ。

 

早く気付いてあげられなくてたくさん無茶させてごめんね。

名前も呼んであげられなくてごめんね。

産んであげられなくてごめんね。

 

いろんなとこ連れて行ってあげたかったな。

いろんな物食べさせてあげたかったな。

辛いことも楽しいこともいっぱい経験させてあげたかったな。

 

あなたに会ってみたかった。

 

これから起こる全てのことを楽しみにしていたよね。

あなたを守ってあげたかった。

こんなどうしようもなく弱い私を許してください。

 

私を選んできてくれた理由はやっぱりまだわからないよ。

でも私の中にあなたが居てくれていた間。1人じゃないと思うとなんだか安心したんだよ。

一人でどうしようどうしようって泣いているときも慰めてくれてる気がしたよ。

泣き虫なお母さんでごめんね。

 

 

これからもし、また新しい家族を授かることができるなら、その時はあなたの分まで

精一杯愛情込めて育てていくからね。

 

次に生まれ変わるときは幸せになってください。

 

あなたが居てくれたことは一生忘れない。

 

命の大切さを教えてくれてありがとう。

短い間だったけど、一緒に居てくれてありがとう。