5年の月日が…、生存していたら、どこかで暮らし、家庭を持つか独身で友達や仕事にと勤しんで日々、喜怒哀楽の人生を…なんて、ふと息子の事を忘れずに想いや、あの時に…とか、もっと分かち合いたかったなぁー。


思い出すのが、亡くなった姿を見た時に衝撃だったのは…髪が薄くなり抜けていた。

骨髄異形成症候群の治療開始は移植する前の抗がん剤ではビターザを使っていた。市民病院で通院での抗がん剤治療でした。外見から見ると髪が薄く抜けたりとかの副作用もなく、比較的、元気そうでした。辛くても我慢していたかと思いますが…


そして、疑問に思う箇所は、大学病院で移植したのに、なぜに、髪が薄く抜け落ちる抗がん剤を使ったのか?

なぜ息子は心臓発作が原因で危篤状態になり…そのまま、さようならなんて…


主治医は、解剖をと言われましたが

私たち家族は、もういいです…もうこれ以上、きり刻まれるのが辛いですと

断りました。

悪性の骨肉腫ステ−ジ4からの骨盤右側 右足切断後からも手術が数回続いた。

原因は回転形成手術をしましたが、失敗にて、それに伴う傷口が化膿したため、それらを、しっかり傷口を治すために何度か手術が続きました。


だからって…何も問題にしていません。

ただ、今更ですが

異形成症候群の移植後からの最後の亡くなる前の抗がん剤をするサインした説明書やらワンク一ルの日程表がない。

必ず、検査した証明書やら、本人や家族がサインした資料は必ず取っていて今も息子が頑張っていた闘病中でのメモ書きやら、日々のラインの履歴はあります。


危篤状態になる前に息子からも移植後に抗がん剤をするなんてラインからは、いっさい無かった。

移植後は下痢に悩まされ、輸血もしていたようで、寝れないとラインからはありました。

そして移植後8日めに、しんどい…が最後のラインでした


あの時は、まさか危篤状態になったなんて、信じられなくて

主治医からの説明もあったであろう…たぶん全く耳に入らなかったかと…

延命治療は 承諾書に息子のサインしたのがありました。

延命治療の話も親子で話し合いしました。息子からは、ポソっと何にもしないでと ひと言だった。私は、何で何でよ〜って聞き返しまたが、もうそこまでして生きたくないとひと言でした。

この会話は骨肉腫の時のサインでした。


まさかの骨髄異形成症候群での危篤状態になって、長いが出来ないコロナ禍の面会。ICUに入る時は、使い捨てエプロン、マスク、帽子、手洗い消毒するまでの工程の中、面会時間は、家族2人で、たった5分でした。それに造血幹細胞移植(骨髄移植など) 主にバイオクリーンルーム(BCR)に入ってた時も面会謝絶でした。着替えの交換は看護師に渡してました。

移植する前は別の市民病院で抗がん剤治療中でした。

そして、移植するなら、大学病院はセカンドオピニオンを…これは無理してまで、県外に行こうと息子に言いましたが、嫌だで終わりました。もう体が、くたくたで県外に行く体力も気力も無かったかと…

コロナ禍だし移動も大変な中での決断でしたが…後悔してます。

セカンドオピニオンは大事です。

やるべきです。

骨肉腫での通院、リハビリと整形外科と緩和ケアからの薬をもらうため

まさかの骨髄異形成症候群になり

通院中の大学病院、整形外科での対応も緩和ケアの対応も診察は断られた

なぜなら息子の症状がコロナに近いと判断され診察すらしてもないのに、電話だけの対応で断られた…

そして、手当たり次第、とある総合病院に電話して、内科と皮膚科に…

皮膚科は、背中に大きな膿があって痛いと言うことで…

内科は、主治医が大学病院にいるなら診察出来ないと本人家族の前で言われた私たちは、はぁ~?!と…高齢者の老人先生でした。

大学病院に入れないから検査してほしいと言ってるのに無視され、モヤモヤしながら、次は皮膚科の女医の先生が入ってきて、まだコロナとも、はっきりしないから別の部屋に隔離されてました。

背中に大きな膿が固まりがあるから

診てほしいと私は言い、高熱が出ているから血液検査をしてほしいとお願いしたら…え?!皮膚科ですよ~何で〜と言ったので、もう、熱が出てから1週間なりまして大学病院には整形外科と緩和ケアに通院中ですが症状を言ったら拒否され、こちらの病院に電話したら、とりあえず来てくださいと言われ来ましたが、先ほど内科医から大学病院に主治医がいるなら診察出来ないからと断られましたと説明したら…わかりました、採血しましょう。背中の膿を取りましょう、家で、消毒してガ−ゼ交換してくださいとの説明…その膿から、まさかの異形成症候群の原因に…

血液検査の結果は電話でお知らせしますと言うから、わかりましたと帰る方向に向かっていたら…院内放送で、息子の名前と、そのご家族さまと…至急、診察した場所に来てくださいと…はっきり聞こえたので、戻ろうとしたら、その皮膚科の女医が、思いっきり走ってきて、すぐに入院してくださいと…

え?コロナとよぎりましたが、血液検査の結果は、白血病の疑いにて入院してくださいと…え?え?となり…入院に…

そして、血液内科がある市民病院に紹介され、空きベッド待ちにて転院しました。その皮膚科の女医も市民病院まで

付き添ってくださいました。

コロナ禍は悔しかった…コロナさえ無かったら、もっと早く治療できたはず

息子は移植するまで1年待ちました

2人のドナ−が見つかりました

お一人の方からの移植希望にて

その説は、ありがとうございました。

北海道から輸送された大事な輸血でした

意味不明な、まとまりのないブログ内容

あ…ヤバイ感情が熱くなり…この辺にて

5月なのに真夏日みたい

熱中症、毎年やってしまう体質になりました

息子よ…オカンは歳をとりつつの日々

オトンも歳をとりつつ

あの世とやらで、あなたに会える日まで

あなたに背を向けられないように生かされてです

長々と久々のブログ見てくださり、ありがとうございました