韓国には気の毒だが、古代には朝鮮半島の南部に、例えば任那という日本の拠点があり、また人種は不明だが日本寄りの国家がその周辺に幾つか存在した。百済も新羅も何度も日本に攻められ、日本に貢を奉じた政府が成立していたことは、韓国にわずかに残る史跡、4世紀末と推定される好太王碑にも明らかだ。この状態は断続的に百済滅亡まで続いたようだ。百済は7世紀、天智天皇の時代まで、つまりは滅亡まで太子を日本に送り、滞在させたが、これは日本への人質であると同時に、国が存亡の危機に陥れば、その太子は日本を後ろ盾にして即位させるという互恵的な意味もあった。実際中国ではこのような人質と後ろ盾の関係は昔から盛んに行われ、敵対を望まない弱国と強国の間によくある形なのだが、なぜか日本の歴史でもこの点には触れない。このような弱国と強国の関係の中で伝えられた私的な、または中国と関係しない二国間の交流で、下風に立つ半島側が自身を兄に比定するのは非常におかしな話だ。韓国では工事のため、日本独自の前方後円墳が発見されたが、日本が半島を支配していた証拠と、すぐに壊してしまったりしているのだが、韓国では自国の正しい歴史よりも、自分達が信じたい物を尊重したいようだ。
李朝で儒教が盛んになると、朝鮮人は仏教寺院をほとんど壊してしまい、朝鮮の僧侶たちは仏像を壊されまいと対馬に運んだ。もちろんこうした由来が日本には記録されているが、韓国では韓国の由来であるという点だけを拾い読みして都合の悪いものは捨てて、日本が盗んだとか返せとか言って来ている。韓国政府は対馬で盗まれた仏像を盗賊から取り上げたが、これを盗品として日本に返還するのを、条約で規定されているにも関わらず拒否した。こんな現代国家ではあり得ないことを平気でしていたりするという韓国は、とにかく何でも欲しがる。その一方で文化財を維持できないし、何となれば壊してしまう。さらに修復もできない。筋道を立てて交渉すれば返還もあり得たかもしれないが、展覧会での美術品の貸し出しすら、難癖を付けて他人の所有物を私する韓国に対して二の足を踏む状況になっている。かつて織田信長は宣教師から献上された機械仕掛けの時計を興味深く見た上で、大変結構なものだが自分には維持できないから、と返したそうだ。そういう感覚は韓国人には無いのだろう。
本題に戻ると、中国が親であり、周辺国は子供であると言うのなら理解もできるが、正式ルートではないが途中にあるから兄と敬え、というのは言い掛かり以外の何者でもない。中国は漢字を発明し、150年前までは日本の教育では教科書でもあった四書五経、資治通鑑や史記など、中国の古典は日本人の教養、倫理、価値観を育てる大きな礎となった。日本はあらゆる面で中国の影響を受けている。いま仮に中国から東夷と呼ばれても畏まるしかないほどのものだ。だが、韓国はそのうちの幾つかの経由地ではあっても日本の文化においては仏像と寺院建築の名称に痕跡を残すだけであり、しかも半島で仏教寺院が壊滅してしまったために、その影響の度合いすら確認することができない。先日、広隆寺の半跏思惟像が百済のものだと断じた自称専門家が来日したようだが、その論拠は半島でしか自生しない赤松を素材にしている、ということだけだった。赤松が日本に無いというのは韓国の俗説であって、もちろん日本にはたくさんの赤松が自生しているわけで、その素材をもって百済の由来とはとても言えないのだが、そうした論証もなく、韓国の人々は日本や中国に行っては、根拠もなく、やれ新羅由来だ、百済由来だとやって嫌われて帰る。
中華人民共和国の名前の中に中国が作った言葉は中華だけで、人民も共和国も日本の造語、朝鮮民主主義人民共和国に至っては朝鮮以外の全ての単語、文字数にして8割以上が日本製という笑い話があるが、近代の単語は古典に概念がなく、ほとんどすべて日本が翻訳の過程で作ったものだ。今や日本が作った言葉なしに、日本は当然のこと、中国、韓国などの漢字文化圏では会話も学問も成立しない。だが日本はそれをもって自国を周辺国の兄とは称さない。必要なら知識や情報は自然に広がる。その流れの元、先に貴賤も長幼も無い。著作権があるなら権利は存在するが、自らの必要で作り、広く世に提供したものを、それを受けた相手に感謝や敬意を強要する価値観は日本人には無いし、世界的に一般的でもないだろう。そうそう、韓国は自分の権利には敏感だが他人の権利には鈍感なようだ。残念なことに今回の主題に関係がないから、ここでは論じない。
ところで朝日新聞も記事の引用元を兄に比定して敬うのだろうか。そうでなければダブルスタンダードだ。これから引用記事には、必ずこの記事の元であるXXを兄として敬意を表します、と記述し、ことあるごとに謝意を示し、上納金を納めてもらいたい。