トランプの人生備忘録 -2ページ目

トランプの人生備忘録

北海道で釣りと楽曲を楽しんでいる普通の男。
元JWですが、当時の様々な思い出は、遠い記憶はの欠片となっています。


明けましておめでとうございます。

更新が遅々として進みませんが、今年もどうぞよろしくお願い致しますm(__)m


さて、昨夜、久しぶりにjw.orgサイトを開き、研究記事を少し読んでみました。

読んだのは2014年3月号です。

良くも悪くも懐かしさを感じながら読んでいく中で、組織の偽善的な体質が際立つ記事に目が留まりましたので、今回はその点について書きたいと思います。
(すでに書かれている方がいるかもしれませんが、あしからず)

それは「高齢者を敬いなさい」という研究記事です。
(ここまでしか読んでいないのですが(^_^;))

特に、10、11節。

ここは、覚醒した多くの方の反感を買ったのではないでしょうか。

10 神権的な割り当てのために親元から遠く離れている全時間奉仕者は,特に難しい決定に直面するかもしれません。ベテル奉仕者,宣教者,旅行する監督などは皆,自分たちの割り当てを貴重なもの,エホバからの祝福と考えています。それでも,親が病気になれば,まず頭に浮かぶのは,「この割り当てを離れて家に戻り,親の世話をしなければ」ということでしょう。しかし,親がそれを本当に必要としているか,望んでいるかを祈りのうちに考慮するのは賢明なことです。奉仕の特権を急いで手放してはなりません。また,そうすることが必ずしも必要でない場合もあるでしょう。健康の問題が一時的なもので,会衆の人たちが喜んで援助してくださる,ということはないでしょうか―箴 21:5。

11 親元から遠く離れた場所で奉仕している二人の実の兄弟の例を考えましょう。弟は南米の宣教者,兄はニューヨーク市ブルックリンの世界本部で働く奉仕者です。この二人の両親は高齢になり,援助を必要としていました。それで兄弟たちは妻と一緒に極東の親の元を訪れました。どんな援助をどのように与えるのが最善かを知るためです。宣教者である弟夫婦は,その奉仕を離れて家に戻ることに気持ちが傾いていました。すると,両親の会衆の長老団の調整者から電話がありました。長老たちでいろいろ話し合ったが,お二人にはできるだけ長く宣教者の奉仕を続けていただきたい,という内容でした。長老たちはこの夫婦の奉仕を高く評価しており,その両親の世話にできる限り貢献したい,と思っていたのです。この優しい気遣いに家族全員が深く感謝しました。


ひどいですね。。。

この記事の中で引用されている聖句にもある通り、神が期待しておられる親に対する子の責任は言うまでもありません。

「親を敬いなさい」(出 20:12。エフェ 6:2)というのが神の明確なご意思です。
あの十戒にも含められています。

もちろん、クリスチャンすべては、あらゆる人に親切であるべきなのですが、「親を敬う」ことができるのは、その「子」だけです。

これは、その子である当人に直接要求されている神からの義務です。(厳しい言い方ですが)

それについて他の人が立ち入る権限はありません。

なのになぜ、この長老たちは、その責任を果たすことを子供に期待している神を差し置いて、こんな申し出を率先してしたのでしょうか?
(実は長老たちも親族でしたというオチなら別ですがww)

しかも感謝さえされているという。。。。

筋違いのような気がしてなりません。

さらに、組織もこの記事の中で、特権を手放す前に、会衆の援助の可能性を考えてみるよう勧めていますね。。。。

背後にどんな理由があるのか知りませんが、いずれにせよ、彼らに神の言葉を踏み越える権限などないことは確かです。


さらにもう一つ訳の分らないのが、親の世話を免除される場合の条件が示されているという点です。

高く評価される奉仕」に就いているか。

なんだそれ?(^_^;)

経験の兄弟の一人はブルックリン本部で奉仕、もう一人は宣教者だそうです。

「だから?」というツッコミは置いといてww、
ご両親のいる地元の会衆の長老団は、そんな彼らの奉仕を高く評価しました。

「できるだけ長く」その奉仕を続けてほしいと。

それが免除を申し出た理由のようです。

いやいや、これって神のご意思ではなくあなた方の個人的な願いですよね?
っていうツッコミも置いといてww、

問題なのは、この経験がわざわざ記事に載せられているということです。

つまり、それを承認したトップの連中も、奉仕者に対して同じ認識だということが分りますし、このようにして、特権意識の見方が信者全体に浸透していくわけで。。。。

他の宗教については、あれだけ特権階級だのなんだのって批判しているくせに(笑)


イエス・キリストは、本当のクリスチャンを見分けるためのヒントとして、良い木と腐った木のたとえを話されましたが、その結論に、「あなた方はその実によってそれらの人々を見分けるのです」と言われました。

エホバの証人という組織が生み出している実は、どのような宗教として他者から見分けられているのでしょうか?

一人でも多くの現役JWの方が、聖書と起きている事実に目を向けて、一日も早く正しい結論を導き出せるよう願ってやみません。


では最後に、今回の記事の偽善を表すにぴったりの聖句を。

マタイ15章の言葉です。


3  [イエス]は答えて言われた,「あなた方も自分たちの伝統のゆえに神のおきてを踏み越えているのはどうしてですか+。 4  たとえば,神は,『あなたの父と母を敬いなさい+』,そして,『父や母をののしる者は死に至らせなさい*+』と言われました。 5  ところがあなた方は,『自分の父や母に向かって,「わたしの持つものであなたがわたしから益をお受けになるものがあるかもしれませんが,それはみな神に献納された供え物なのです」と言うのがだれであっても, 6  その者は自分の父を少しも敬ってはならない+』と言います。こうしてあなた方は,自分たちの伝統のゆえに神の言葉を無にしています+。 7  偽善者よ+,イザヤ+はあなた方について適切に預言して言いました, 8  『この民は唇でわたしを敬うが,その心はわたしから遠く離れている+。 9  彼らがわたしを崇拝しつづけるのは無駄なことである。人間の命令を教理として教えるからである+』」。(新世界訳より)