最高裁判所第1小法廷判決/平成29年(行ヒ)第423号
【判決日付】 令和元年10月17日
【判示事項】 1、徳島県鳴門市の経営する競艇事業の予算に違法な内容が含まれていた場合において,市長が市に対し当該予算を調製したことを理由として不法行為に基づく損害賠償責任を負うとはいえないとされた事例
2、鳴門市の経営する競艇事業の管理者が違法な補助金の交付を決定した場合において,当該管理者を補助すべき立場にある職員が市に対し上記の決定に関与したことを理由として不法行為に基づく損害賠償責任を負うとはいえないとされた事例
【掲載誌】 裁判所時報1734号1頁
裁判所ウェブサイト
LLI/DB 判例秘書登載
1 本件は,鳴門競艇従事員共済会(以下「共済会」という。)から鳴門競艇臨時従事員(以下「臨時従事員」という。)に支給される離職せん別金に充てるため,鳴門市(以下「市」という。)が平成22年7月に共済会に対して補助金(以下「本件補助金」という。)を交付したことが,給与条例主義を定める地方公営企業法38条4項に反する違法,無効な財務会計上の行為であるなどとして,市の住民である被上告人らが,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,上告人市長を相手に,当時の市長の職に在った者に対して損害賠償請求をすることを求めるとともに,上告人鳴門市公営企業管理者企業局長(以下「上告人管理者」という。)を相手に,当時の市の企業局長及び企業局次長の各職に在った者らに対して損害賠償請求をすること等を,それぞれ求める住民訴訟である。
1 当時の市長に対して損害賠償請求をすることを求める請求について
(1) 地方公営企業法は,同法8条1項各号により地方公共団体の長の権限として留保された事項及び法令に特別の定めがある事項を除き,管理者が,地方公営企業の業務を執行し,当該業務の執行に関して当該地方公共団体を代表するものとしている(同条)。そして,同法は,管理者と地方公共団体の長との関係について,地方公共団体の長は,住民の福祉に重大な影響がある地方公営企業の業務の執行に関しその福祉を確保するため必要があるとき又は当該管理者以外の地方公共団体の機関の権限に属する事務の執行と当該地方公営企業の業務の執行との間の調整を図るため必要があるときには,管理者に対し,地方公営企業の業務の執行について必要な指示をすることができるものとしている(16条)。これらの規定に鑑みれば,地方公共団体の長の管理者に対する一般的指揮監督権は排除されており,地方公営企業の業務の執行は,原則として管理者に委ねられているということができる。
また,地方公営企業法は,地方公営企業の経理はその事業ごとに特別会計を設けて行うものとし(17条),その経費は原則として当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければならないとしている(17条の2第2項)ところ,同法は,地方公営企業の予算について,毎事業年度における業務の予定量並びにこれに関する収入及び支出の大綱を定めるものとしており(24条1項),地方公営企業の予算は,当該地方公営企業を効率的に経営し,その経済性を発揮するという観点から,収入及び支出の大枠を定めるものにすぎない。そして,地方公共団体の長の権限として,地方公営企業の「予算を調製すること」が留保されているものの(8条1項1号),管理者は,予算の原案や予算に関する説明書を作成して,地方公共団体の長に送付することとされ(9条3号,4号),地方公共団体の長は,管理者が作成した予算の原案に基づいて,地方公営企業の予算を調製し,議会の議決を経なければならないものとされている(24条2項)。
そうすると,地方公共団体の長は,地方公営企業の予算を調製するに当たり,当該地方公営企業の業務執行の権限を有する管理者が作成した予算の原案を尊重することが予定されているというべきである。このことは,地方公共団体が経営し,条例により地方公営企業法の規定を適用する企業についても同様である。
(2) 本件補助金は,実質的には,市が共済会を経由して臨時従事員に対し退職手当を支給するために共済会に対して交付したものというべきであり,その交付は,地方自治法204条の2及び地方公営企業法38条4項の定める給与条例主義を潜脱するものであるといわざるを得ないから(前掲最高裁第二小法廷判決),本件予算は,共済会に対する離職せん別金補助金の支出という違法な内容を含むものであったということができる。しかしながら,上記支出が違法であるのは,臨時従事員に対して離職せん別金又は退職手当を支給する条例上の根拠がないこと等によるものであり,本件予算の項目や明細から上記支出が違法であることが明らかであったわけではなく,Bが,本件予算の調製に当たり,上記支出が違法であると現実に認識していたともうかがわれない。また,離職せん別金補助金を交付するか否かは企業局長が決定するものであって,競艇事業における収入及び支出の大枠を定めたものである本件予算の調製により本件補助金が交付されたという直接の関係にあるということもできない。
以上によれば,当時の市長であるBが,市に対し,共済会に対して離職せん別金補助金を支出する内容を含む本件予算を調製したことを理由として,不法行為に基づく損害賠償責任を負うということはできない。