S3さん 「2回目の投稿です・・・みなさんとは、異論?になってしまうかもしれませんが、「考えること」については、そんなに重要ではないように思っています。それは、考えるためには、その情報がなければ、いくら考えても、ぐるぐる回っているだけで、答えが出ないからです。この場合、考えは、考え過ぎとなり、結果分裂に至ってしまいます。つまり、答えを出すだけの情報が不可欠なんです。情報をえるためには、気づく能力、感じる能力、感性がまず重要だと思います。情報といっても、すでに心に内在しているので、それをうまく引き出せるかどうかにかかっています。愛については、「約束」と「礼」に尽きます。「思いやり」とか「やさしさ」とかは、そこから伸びてきた枝葉のようなものだと思います。くわしくは、またの機会に!」
有為 「S3さん、メッセージ有難う御座います。・・・異論?大歓迎ですよ!一つの問題に対して百人百様の考え・認識・理解が有ると思いますので自分と違うものとの出会いは新たな学びへの出会いだと私は理解していますョ。(それほど異論だとは思いませんが・・・)、、、置いといて(/^^)/
>情報といっても、すでに心に内在しているので、それをうまく引き出せるかどうかにかかっています。
これは、その通りだと思います。そして、それを引き出す方法の一つが、実は考えること(熟考すること)なのです。これは近い内に問答集の方でテーマとして取り上げるつもりで居りますが、これは私が紹介している全宇宙で通用する実践方法の柱の3番目である『熟考瞑想法』の一部なのです。」
有為 「詳しくは問答集に譲りますが、ようするに人間の脳的活動も潜在意識→無意識に繋がっており、一つの事を集中して熟考しているとフトこれまでとは違う新たな認識(情報)が内から湧いてくるのです。これの応用として、一つの言葉を100回でも200回でも集中して書いてみる、という実践法もあります。
>真理は理屈ではなく体感するものだ
勿論、このことも私も真理を学んで行く上では基本だと理解していますが、体感するまでの方便として考えること・実践すること(日常の中で)も重要だと現時点での私は理解しています。・・・ところで、S3さんの『愛』についての認識は、私にとっては新たな学びになりそうですので是非、詳しく解説して下さいネ!メッセージ待ってます」
K1さん 「Yahoo掲示板から流れてきました。・・・既存の体系に依存せず、真理を求めようという姿勢に、共感します。常に自己の意識の流れを観察せよ、という教えは仏教からでしょうか? 自分の思考の純粋性に配慮しつつ、自分とは何かを知るためには、必要なことだと思います。『人間の存在理由は進化のため?』・・・面白い考え方だと思います。進化するとはどういうことで、それは何のためか、答えられるようになったら、素晴らしいお考えだと思います。「愛」とは、「(何かを)大切に思うこと」で十分だと思うのですが・・・
・(何かを)という対象が無いと、漠然としてしまう。逆に対象が何であってもOK。
・大切に思うとは、守りたいと思うこと(実際に守れるかどうかは別)
・思いがなければ、「愛」とは言えない(気がする)
これだけじゃあ、単なる定義に過ぎません。では、これを真理にするには?・・・「人間はその性質として「愛」を持つ」 あるいは「人格の機能の一つが「愛」である」と言ってみたらどうでしょうか?
※本当は真理じゃなくて、仮説ですけどね」
有為 「K1さん、ようこそいらっしゃいました。
>常に自己の意識の流れを観察せよ、という教えは仏教からでしょうか?
仏教とは限りません。今までに学ばせて頂いて来た全てのもののエッセンスですが、更に私自身で熟考し実践して得たものですので、もうこれは私のもの(認識・理解)です。
>進化するとはどういうことで、それは何のためか、答えられるようになったら、素晴らしいお考えだと思います。
『進化』についてはHP問答集No2『進化について』をはじめ、問答集全体を読まれても私なりの進化についての認識・理解を見つけて頂くことが出来ると思います。『愛』についての貴方の認識・理解コメントありがとうございます!
>「愛」とは、「(何かを)大切に思うこと」で十分だと思うのですが・・・「人間はその性質として「愛」を持つ」 あるいは「人格の機能の一つが「愛」である」
これらの内容は表現は違っても、私が現時点で認識・理解している『存在そのものが愛である』ということと、繋がりの有るものだと感じましたが、いかがでしょう・・・貴方の愛についてのコメントは、私なりにもう少し熟考し、参考にさせて頂きます。
有難う御座いました!」
※ 上の記事は、私の旧HPの掲示板へ書き込みをして下さったS3さん・K1さん(共に男性)のメッセージ(1999年10月分)です。ありがとうございました!!