寒いですね~寒いと元々冷え症の
私は血流が更に悪くなって、
冬にうつっ子がやってきたことが
しばしば。いやほとんど冬でした。
冬が来るのが怖かったですね。
そろそろ分析しろよってことで、
今日は私の基本的性格について、
幼い頃を思い出しながらいきます。
子供の頃、私は保育園くらいまで
核家族で年子の姉が1人いる四人家族
でした。性格は女の子にしちゃ
ちょっと女らしくなく、やんちゃまでは
いかないけど写真を見ると勇ましい
ような。
保育園途中で父方の祖父母がいる
山が近いような田舎へ引っ越し。
つまり同居が始まりました。
家族は父の兄弟も加わり、計7人。
母は独身時代は看護婦でしたが
結婚してからは父の希望で専業主婦に。
それは今も変わりません。
私は特に母には溺愛されてました。
叔父にも可愛がられました。
父は平等を貫こうと決めてるみたいです
が、姉のが接しやすいように感じて
ました。祖父母は昔の人だから
長女が一番。明らかに長女つまり姉を
可愛く思っている様子でした。
そして私は母に良い子だと褒められて
ずっと育ちました。性格が大らかで
少しのことで動じないつまりデリケートな姉とは正反対だと言われてました。
勉強は中学までは特に頑張らなくても
成績は良い方で、小学生の頃私は
自分は天才だと本気で思ってました。
周りからも頭いいと言われて
勘違いしてしまっていました。
また、良い子でいたいし、褒められたいし、叱られたくなくて、嘘をよく
ついていました。必要のない無駄な
嘘をついては自分が苦しくなっていました。
また、自分は人の気持ち、心が読めると
エスパーみたいなことを本気で思っていました。魔法力があるというより天才だから
すごい人だからというような。
それがずっとあって、私は周りが望む
ことを言って、望む行動をすることを
常にやっていたと思います。
結果、私が気づいた時、大学生か
高校時代だったかもしれません。
私の中身は空っぽだとジワジワ焦りや
不安が溜まっていきました。
友達と比べてはコンプレックスを
感じ焦りました。
それがついに表面化したのが
大学二年生の途中。
私はここから逃げたいと思いました。
自分は今まで何やってきたんだろう、
気を許せる人が家族でもいなくて、
だからもちろん友達もそう。
中身が無いから魅力が無い。
誰も寄ってこない。
大学でどう人と繋がっていけばいいのか
分からず勉強したいことも特になく、
これでは卒業して普通にOLになって。
私は普通がイヤでした。
いつからか分かりませんが。。
そんなこんなで親に辞めたいと言いました。もちろん反対はされたけど、
それほど縋られた記憶はありません。
私は大学を中退しました。
今日はこれくらいに。
大学二年生くらいになって空っぽだった
人が壊れることがある。
と、尾木ママさんがテレビで話すのを
主婦になってから見ました。
ドキッとしましたね。
ナントカ症候群だったかな?
私は昔は本当にダメダメでした。
人に危害を加えるとか、暴力的なことは
無かったかと思いますが、
いつかとんでもない事件を起こしたり
しないか、自分がテレビで出てる
犯人になるんじゃないかなんてことも
考えていました。
今も自己陶酔するし、自己顕示欲も
強いと思います。
だからこんなブログを始めたんでしょう。
だけど、数々の挫折と失敗を繰り返して
私は学びました。
昔なりたかったのは普通じゃない人
でしたが、うつっ子が来てからは
普通になりたいのになんでなれないのか
ジレンマでした。笑えます。
ここまできたら徹底的に自分の鬱と
向き合ってみたいと思いました。
また、もしまたうつっ子がきたら
分析結果を持って病院を探し、
信頼出来る先生を探そうとも考えて
います。
今までメンタルの病院に行ったのは
一度だけです。その先生は決して悪くは
ないけどこの人に自分の積もりに
積もったモノを理解して貰おうとは
思えなかった。
薬もあまりに食生活が不規則で
いつ飲んだらいいか本気で分かんなかったんです。
そうして病院に行かず今回もまた
上がってきました。
でもついこないだまでは1人で治した
ぞって得意げだったバカな私ですが、
実は周りのたくさんの方に支えられて
たからだとよーうやく気づくことが
出来ました。
とんだ未熟モンですよ。
でも私は今自分が愛しいです。
これからも末永くよろしくねっと。
大変長い記事になりましたか?
ここまで読んでくださった方は
いるのか?少ないでしょうね。
人の人生なんだから。
もし最後まで読んでくださった方が
いたら感謝します☆