ぷりんちゃん、腎不全と診断された日。
一月中旬頃、母が腰痛で動けなくなり、
兄達からヘルプ要請。
週二回、片道二時間かけて母のもとへ。
帰宅は22~23時過ぎ。
普段、19時には私が仕事から帰ってきていたので、
ぷりんちゃん的には、何かしらのストレスもあったと思う。
母の元へ通う日々、ぷりんは食欲の衰えが始まり、数日後には嘔吐が始まった。
1/25に病院へ連れていき、血液検査をしてもらうと、膵炎の診断。
一週間、毎日皮下輸液と吐き気止めの注射。
ぷりんちゃん、血液検査も注射も動かず暴れず泣きもせず、じっと我慢してくれていた。
ご飯を食べてくれないので、あの手この手で、
色々献上してみた。
あまり食は進まず、それまで予防で食べさせていた腎臓療法食ではなく、
色々な種類のご飯を用意した。
次の週からは、自宅での投薬。
私は、ここで最大の油断をしていた。
今までぷりんは、割りとすんなりお薬を飲んでくれていたから…。
当時の私は、母の事で仕事に支障をきたし、疲労も蓄積。
自分の心臓も不安感がある。
下手したら、倒れる…収入が断たれる…
気持ちの余裕をすっかりなくした状態では、ぷりんの我慢強さを過信し過ぎてしまった。
投薬を慎重にせず、無理やり急がせて飲ませてしまっていた。
膵炎の治療期間は4週間。
それを待たずに、投薬後に嘔吐をするようになった。
期間の半分を過ぎ、私は、更に油断していた。
ぷりんは大丈夫、だと。
ご飯のお伺いをたてるために側に近寄ると、
ほんのり、いや、確実にぷりんちゃんからアンモニア臭が…
ダンナに、嘔吐を伝えても、大丈夫だろうと言う。
マジか?とダンナの言葉を疑いつつも、
翌日お薬を飲めたので、病院には連れていかなかった。
次の日も、飲めたと思ったら、嘔吐。
本当は、ぷりんちゃん、前日も隠れて静かにお薬を吐いていた。
ぷりんから漂うアンモニア臭は、気のせいではない。
病院へ連れていき、再度血液検査。
まだ、大丈夫だろうと思っていた。
吐き気止めの注射で終わるだろうと、待合室でぷりんを撫でなから、待っていた。
呼ばれていそいそと診察室に入った私に結果を伝える先生は、
とにかく動揺にじみ出ていたとしか、言いようがない。
言われた言葉は、「命の危険があります」。
あぁ、尿は、3匹の中でも、今まで色も異常なかったんだけどな…
この間、尿検査したとき、大丈夫だったじゃん…
最近、色が薄かったのは、気のせいじゃなかったんだ…
そんなことを思いながら、先生からさらに、入院を勧められる。
ぷりんちゃんを、置いて帰れない。
もう、この子はひとりにしないと、ずいぶん前から決めていたから。
もう、命が少ないなら、私の側にいてほしい。
この子を、ひとりで逝かせられない。
尿素窒素、140オーバーで計測不能
クレアチニン、6.2
ステージとしては、末期。
入院ではなく、毎日病院に通うことを選んだ。
とにかく、おうちに連れて帰りたかった。
心配して院長先生から声をかけられたが、
返す言葉が見つからず、方針状態の私。
院長先生、私の表情を見て、静かにフェードアウト。
院長先生に申し訳ないと思いつつ、ぷりんを撫でることしか出来なかった。
もう暗くなっちゃったから、早くおうちに帰ろうね。
みんな待ってるから。
ぷりんは、病院スタッフさんから、今も可愛がってもらえている。
その理由は、また後日…。