周りのお母さんからは障害があると言うと驚かれました。それくらい見た感じは分からない。
料理は包丁で切ることは出来るけれど、玉子を解きほぐす、フライパンをあおるのは難しい。
裁縫はミシンは問題ないけど、厚めの布の手縫いは難しい。
車は運転できるけれど、バスに立って乗る時はバーに腕を巻き付けないと手だけでは支え続けられません。
腱鞘炎になったことがある人は想像がつくと思いますが、私の場合は慢性的な腱鞘炎があります。
手を使わなくとも痛みはありますが、手を使えば翌朝は腫れや強い痛みが出ます。
あとは強く握る、握った状態を保持する力がないので、重いダンボールなど腕や肩に掛けれない荷物は持てません。
腱鞘炎は学生時代からずっと悩まされ、腱鞘炎の手術があると聞いて藁にもすがる想いで聞いたら「あなたは神経が切れててそうなったから、手術は出来ません」と代わりに「あなたの状態は障害に当たる、手帳を申請してみては?」と言われたのは、子どもを産んでからのことでした。
怪我したのは成人前です。
自分は健常者として暮らしてきて、痛みは勿論ありで不便が当たり前過ぎて、まさかそれが障害に当たるのだとは露ほどにも思いませんでした。
子どもが生まれてすぐ産院の指導がありました。
お風呂に入れる時、赤ちゃんの頭を手で保持するのですがプルプル震え、手首で何とか支えようとするので「しっかり持って!」と注意されました。
録画した映像には緊張してるのだと思って笑ってる看護師さんと、必死こいて苦戦している私が映ってます。
母乳をあげるのも、オムツを変えるのも手の力がいります。
なんでこんなことも出来ないのか、産後のホルモンの影響もあってか酷く落ち込んだものです。
子どもが歩き出すと今度はスリングなしでは抱っこができず、また落ち込みました。
他の子がされてる腰に跨がせて抱っこするやり方、今でもそれが出来なかったことに劣等感や無力感をまじまじと思いおこされます。
子どもは基本抱っこを強請る子ではありませんでした。でも小さな時に抱っこしてあげれなかった経験もあります。
なのでいつもスリング持参です。
スリングに入れるしか抱っこができないので(抱っこ紐は脇に手を入れて出し入れが出来なかった)、ある程度大きくなると小さな子じゃないのに身体はみ出てるやんwとからかわれたこともあります。
抱っこが当たり前に出来る人には分からない苦労がありました。
障害があって良かったことなんてありません。
なので状態は違えど子どもに障害があることが分かって「みんな違ってみんな良い」なんて、絶対思えませんでした(むしろ言われると腹が立つレベルでした)。
当たり前のことが出来るにこしたことはありません。
本日も買い物した荷物を運ぶだけで重労働でした。
お米は自分では運べないので、車に一旦置いておいて家族に運んで貰います。
天気が悪いので痛みも出てます。
障害で得られる公的支援より、健常者が普通に出来ることが出来るようになりたい。
そう切に願います。
昨日は子どもの手提げかばんを2つ制作しました。
1つはピアノのレッスンバック、もう1つは通学用に。
作り方には1つで50分とかありますが、4時間掛かりました。
昨年は子どもに帆布でエプロンと自分の勉強用のボックストートを縫いました。
ミシンは慣れてるはずですが、目安50分て…アイロンかけて切って芯付けるだけで終わる時間。
これも出来る人の時間なんでしょうかね。
子どもの反応はたいして喜んで貰えなくて、苦労も報われません。思春期の塩対応、トホホです。



