前回までは、ちょっぴり脱線して、
メキシコシティオリンピックのお話をしましたが、
また、岡田監督のプロフィールに戻りたいと思います![]()
中学からサッカーを始めた岡田少年。
天王寺高校に入学し、3年の時にユース代表に選ばれます![]()
野球じゃなくて、サッカーに転向して良かったですね~
しかし、早稲田大学に入学後は、サッカー競技からは離れ、
最初は同好会に入ったんだそう…あれー
(笑)
結局、早稲田の蹴球部に入部し、DFとして活躍しました![]()
こうやって、岡田監督のプロサッカー人生が始まるのですね![]()
前回までは、ちょっぴり脱線して、
メキシコシティオリンピックのお話をしましたが、
また、岡田監督のプロフィールに戻りたいと思います![]()
中学からサッカーを始めた岡田少年。
天王寺高校に入学し、3年の時にユース代表に選ばれます![]()
野球じゃなくて、サッカーに転向して良かったですね~
しかし、早稲田大学に入学後は、サッカー競技からは離れ、
最初は同好会に入ったんだそう…あれー
(笑)
結局、早稲田の蹴球部に入部し、DFとして活躍しました![]()
こうやって、岡田監督のプロサッカー人生が始まるのですね![]()
メキシコシティオリンピックで、銅メダルを獲得した、サッカー日本代表。
その陰には、デットマール・クラマーという、ドイツ人コーチの存在がありました![]()
一体、彼は何者なのでしょうか…![]()
彼は、元サッカー選手であり、世界70カ所以上でコーチとして活躍した、指導者。
そして、日本代表の基礎を創り上げた、育ての親![]()
メキシコオリンピックでメダルを獲れたのは、彼の指導のお陰![]()
クラマーが徹底して指導したのは、基礎練習
だったそう。
しかし、すぐに効果が現れるものではなかったため、
選手達からは、批判が出たようです…。
しかし、クラマーは自ら、重要性や正確性を実演してみせ、
その高い技術を目の当たりにした選手達からは、
その後批判の声は出なくなった…とのこと。
うーむ。
クラマー語録として、こんな言葉を見かけました![]()
「私はサッカーを好きではない、心から愛している」
…
ポッ![]()
そんなクラマー氏のお陰で、日本サッカーに新たな風が吹き、
オリンピックでは銅メダルを…
そして、それを観た岡田武史監督も、サッカーに目覚めた訳ですね![]()
さて、次回はまた、岡田監督のお話に戻ろうと思います![]()
前回のブログでは、
岡田武史監督がサッカーに目覚めたきっかけを作ったのが、
メキシコシティオリンピックだった
と、綴りました。
その時のブログは、こちら
からどうぞ![]()
…では、そのメキシコオリンピックって、一体どんな大会になったの![]()
それを今回は調べてみました![]()
メキシコオリンピックでは、サッカー日本代表は銅メダルを獲得しています![]()
今まで、アジアの弱小国に過ぎなかった日本が、
南米、ヨーロッパなどのサッカー超大国を破り、銅メダルを手にした…
こんな奇跡が、起こってしまったのです![]()
何故そんなにも、日本は強くなり、メダルを手にすることが出来たのか…
そこには、デットマール・クラマーという、
日本サッカーの父と呼ばれたドイツ人の存在があったのだとか
。。。
サッカー初心者の私には、
日本サッカーの歴史に、ドイツ人の存在があったことさえも知らず…![]()
奥が深いぞ~
サッカーは~![]()
![]()
![]()
次はその、デットマール・クラマー氏について、調べてみます![]()