私の何気ない一言に対する怒りの反応はすさまじい。


こっちは、何で怒るのかワケもわからず、戸惑うだけだ。

3年も聞き続けると、「また、はじまった...」と、ウンザリしていた。


なんと言えば、彼の怒りがおさまるのか?と考えていた。

慎重に言葉を選んで返すのだが、何を言っても、揚げ足ばかりとられて怒りは増すばかりだった。

「ごめん」と謝れば悪いと思うなら言うなと怒り、謝らなければなんで謝らないと怒る。

怒り始めると、何を言ってもムダだということだけは、わかってきた。


ある程度、大人になると、普通の生活の中で怒られることは、ほとんど無くなる。


親が子供を怒るのは、愛情があるからだと思う。

子供のためを思って、叱るのだ。

「怒る」ことは、愛情だと思っている私がいるのだろう。

だから、何を言われても、自分が悪いと思い、自分は駄目な人間だと落ち込んでしまう。


彼の怒りは、果たして、私への愛情からなのだろうか。


そうは思えない自分がいると同時に、そう思いたい自分がいるのかもしれない。


怒ることは、愛情では無い...

やっぱり、嫌いだから怒っているのかなぁ。





一年後の再会に意味があるのか?


私は、ただ、彼に執着しているだけなのかもしれない。

最低な人間だと罵声を浴びせられたこと、その言葉を否定させたいだけなのか。

全否定された私の人格を肯定させたいだけなのか。


彼が期待している私になることに何の意味があるのだろう。

それが成長するということに繋がるのか。


私は、何故、彼にまた会いたいとメールをしたんだろう。

変わった自分を見て欲しいから?


一年後の再会の約束なんて私は受け入れない。

そんなの必要ないと言いたい気持ちは、何なのだろう。

負け惜しみ?小さなプライド?


彼は、私に何を期待しているんだろう。

やっぱり、彼の考えが全く理解できない。


執着を捨てて、前に進みたい。

全てを忘れて...


これが、本当の私の願いなのかもしれない。


1年後の秋分の日に再会しよう。


最悪なシルバーウィークとなり、逃げるように彼のマンションを後にした。

出会ってから何年経つだろう。

4年前に出会って、付き合いだしたのは、3年前だ。

別れては会い、今に至っている。

先月、もう会わないと決めたのに、孤独に負けて連絡をしてしまった。

いつもなら出ないはずの電話に突然出て、「会おうか」と言った彼。

多分、彼も寂しかったんだと思う。

私達は、寂しさをごまかすために会ってるだけなのかもしれない。


会った私達は、いつも以上の喧嘩となった。

喧嘩といっても、一方的に怒鳴られるだけだ。

私は、怒鳴られると何も言えなくなる。

それが、また、彼の怒りを助長させる。

全く、合わない二人であることは、お互い、わかっているのに...


「なんで、そんなに怒るの?」


「君のために言ってるのがわからないの?」


逃げるようにして帰った後、一人になって、この言葉の意味を考えてみた。

私のため...?


私は、変わらなきゃいけない。

そして、彼に、認めてもらいたい。

そう思った私は、「もう一度会いたい。変わった私を見て欲しい。」とメールをした。

その返事が、これだ。

「1年後の秋分の日に再会しよう。期待してる。」

それまで、連絡は一切しないという条件つきで。


一年後、会う意味があるのか?

私は、何か変われるのか?


それは、これから考えよう。

今からの1年で、気持ちがどう変化していくのか、ここに残していこうと思う。