「オレほどすごい男はいない」
「オレって神様か教祖になれると思う」
「オレはこんな自分が大好きだ」
・・・クソ旦から、何度そんなセリフを聞いたことだろう。
そして私がクソ旦からよく言われた言葉。
「お前は何も出来ないダメ人間だ」
「人間以下、サルだ」
「お前といると恥ずかしい」
激昂すると、
「最低のカス人間だ!」
「死ね!」
とまで言われた。
何度もこの表現を使うが、
「支配者が奴隷を見下す」態度を表した発言、そのものだった。
普段はそんな風に偉そうな態度ばかりではなく、
一転して幼児が母親に甘えるような
子供じみた態度を取ることも多かった。
しかしほとんどが、「○○をしろ」と命令や注文ばかりで、
あとは「とにかくオレ様を機嫌良くさせろ」だった。
「おい!コーヒー!」と言われればすぐにコーヒーを入れ、
果物が好物のクソ旦が「おいリンゴ!」と言えば
すぐにリンゴの皮をむいて皿に入れ、出さなければいけなかった。
太りすぎで狭心症となり、食事の自己管理をしろと医者から忠告されてるにも関わらず、
「おいオヤツ!」
「何か食べるものはないのか!」
と怒鳴った。
ダイエットしないといけないから、オヤツは止めた方がいいと忠告しても、
「ああうるさいな!」と怒るか、
会社の帰りに勝手にお菓子を買って来て食べていた。
食べる事で言えば、とにかく好き嫌いが多く、
品数も多くないと許されなかった。
別におかしな味はしないし、腐ってるわけではないのに、
自分の味覚と合わないだけで、
料理をクンクンと臭いでゲッ!とした顔をし、
「臭い!」
「キモチ悪い!」
「吐きそう!ムカムカする」
と言って、目の前から皿ごと除けた。
もったいないから、と食べる私に、
「お前はゴミでも食べられるな」と笑い、
外食で何か食べてる時に
自分が食べられないもの・・
椎茸とか三つ葉とかが入ってると、
ポイポイと私が食べている器に捨てた。
もう食べられないカスの部分まで・・
エビフライだったら、尻尾、
骨付きのチキンだったら骨を私の器にポイポイ捨てていた。
自分の器か取り皿にでも捨てれば良いのに、
「お前、こんな残飯でも食べるんだろう」と笑いつつ、
私の器に捨てていった。
とにかく、好き嫌いが多くて
ちょっとでも合わない味だと
作った私が傷つくような言葉を平気で吐いて、
食事が終わっても、
「ああキモチ悪い。
お前の料理のせいで胃がムカムカする」と
顔を歪めて怒った。
そして何日か経った後でも、
「あの時のお前の料理、キモチ悪かったな」
と笑ってバカにしていた。
私はクソ旦が難癖つけて残した料理を、もう食べないで
すぐに台所の流しに持って行き、ゴミ袋に捨てた。
何にも感じないように、心を真っ白にして。
惨めで悲しいキモチをこれ以上感じたくなかったからだ。
心を真っ白にしてゴミ袋に捨てる・・・
それは、料理だけじゃなかった。
デブでなかなかサイズが合う服を売ってなかったために、
服選びには本当に苦労した。
クソ旦のサイズは3L。
私が住んでいた町にはどこもそんなサイズを置いてる店がなく、
電車を乗り継いで大きな街のデパートのキングサイズコーナーまで
行かなければならなかった。
しかし、クソ旦は決して自分では買いに行かない。
クソ旦の会社はデパートの近くの大きな街にあったし、
仕事の帰りに寄ろうと思えばいつでも寄れたはずだ。
それに本人が直接行って試着をすればすむことだ。
でも、「試着が面倒くさい」と言って
決して自分一人で行こうとしなかった。
「自分で買いに行って」と頼んでも、
「うるさい!もういい!」と怒る。
それと、デブだと言うことを恥じていたのだろう。
私が一緒について行くと安心するのか、
まだ行こうとした。
が、それも「エサ」が必要だった。
「帰りにどこかでおいしいものを食べさせてくれるのなら行く」と言う。
経済感覚が乏しく、食にうるさいクソ旦が言うおいしいもの・・とは
有名店の高い食事だった。
後でまた書くが、クソ旦の稼ぎは管理職と言う立場の割りに
相当安かった。
それでも自覚がなく、いいお店でおいしいものを・・
旅行するには高くてもいい宿を・・と
身分不相応なことをほしがった。
しかし、ただでさえデブのキングサイズの服は高いのに、
デパートの服ならもっと高い。
それに「エサ」を与えるとなると、すごい出費になる。
結局、クソ旦の服を買うのは私の役目になった。
クソ旦が普段来ているジャケットやパンツを持って
デパートまで行き、
「これと同じサイズのを下さい」と頼んだ。
「ご本人さんが来られた方が・・」と店員さんに言われても、
「本人は忙しくてなかなか来れないので」とウソを付き、
予算が合う中から良さそうなのを選ぶしかなかった。
私は一人で買いに来ている男性客を見るたびに、
「自分の服なんだから自分で買いに来てくれればいいのに」と
ますますクソ旦が恨めしくなった。
ある時、こんな事があった。
近所の大型スーパーの紳士服売り場で
「大きなサイズあります」という張り紙を見かけた。
嬉しくなってクソ旦のサイズがあるかどうか尋ねると、
明らかにぎょっとした顔で、「そんな大きなサイズありません」と
まるですごい事を聞かれたかのように答えた。
そして私が帰ろうとすると、その場にいた二人の女性店員が
私の背後でブッと吹き出した。
「3Lだって~」
・・私は悔しくて涙が出そうになった。
なんでこんな思いをしなければいけないのか。
それから、こんな事もあった。
ますます太るクソ旦のパンツのウエスト部分をリフォームしてもらおうと、
違うスーパーの「服のリフォームコーナー」に持って行った。
その時はたまたまクソ旦も一緒だった。
受付のおばさんはジロッととクソ旦と私を見比べ、
「○○日に出来ますので取りに来て下さい」と言った。
さて、その日に私が取りに行くと、受付のおばさんは笑いながらこう言った。
「あんた、よっぽどご主人に愛されて結婚したのね」
「え??どうしてですか?」と驚いて問い返すと、
「だって・・あんなすごい不格好なご主人・・
あなたみたいな小柄で可愛い人が、よく一緒になったなあ、と思って」
そしておばさんはクスクス笑った。
私はよっぽど何か言い返してやろうとおもったけれど、
黙って帰ることにした。
・・私はそんな悲しくて悔しい思いをしながら
クソ旦の服をあちこち買いに行かなければいけなかった。
クソ旦に事情を話しても、ただ「うるさい!黙れ!」とキレるだけ。
そんな事ぐらいガマンしろ!と言いたげなその態度に
もう黙るしかなかった。
そのうち、通販でもキングサイズを扱う所が出来、
しかもデパートよりも値段が安いとあって、
やっと楽にクソ旦の服が買える、とホッとした。
ただ、気に入らないデザインがある場合はデパートにも行き、
通販とデパートを併用することにした。
でもこんな思いをして買った服を、
クソ旦は、「こんな服イヤだ」と一度も袖を通さない事もあった。
キングサイズの服はオヤジっぽいデザインのものが多い。
と言うか、同じデザインでも、キングサイズと言うだけで
ダボッとしまりのない、冴えないデザインに見えてしまう。
それを「ダサイ」とか、「お前もセンス悪いなあ」と責めた。
安くで買った通販のシャツを、
「こんな安物のペラペラ、着るのイヤだ」
と吐き捨てるようにいうこともあった。
うちの家計じゃ、こんなものしか変えないのよ!
それに、あんたがもっと自己管理してダイエットしてくれれば
安くて良い服なんか、そこら中で買えるのよ。
自己管理もしないで全部私に任せて
文句だけ言うあんたが悪いんじゃないの!
・・私はのど元まで出かかった言葉を飲み込み、
クソ旦が「イヤだ」と言った服を黙ってゴミ袋に捨てた。
料理の時と同じ。
心を真っ白にして。
もう、何度、こういう風に心を真っ白にしたことだろう。
「悲しい」「辛い」「みじめ」と想わないですむように
感覚を麻痺する習慣が身に付き、
私はクソ旦に自分の本当の気持ちが悟られないよう、
ウソの笑顔がとてもうまくなっていった。
・・・服のことだけじゃない。
クソ旦は生活の全てを私に任せっきりと言うか、
本当に、
本当に何もしない、してくれない人だった。
「仕事さえしてたらいい」と想っていた人だった。
よくクソ姑が、
「あなたの内助の功のおかげで、息子も仕事が出来てるのよ。
夫婦はそうやって助け合わないとね」
と、お礼を言うふりをして、
何も出来ないうちの息子の世話を焼くのがあんたの仕事、と
暗に言い含めることがあった。
私はクソ旦のいないところで、クソ姑にはいつもこう言うのだった。
「そうですね。あの人、なーんにも出来ない人ですから。」
卑怯かもしれないが、クソ旦の恨みをクソ姑に吐き出すことで
私はまだ憂さを晴らしていたのだろう。
クソ旦がよくキレることも、「あの人、すぐ怒りますから」と言い、
「お前のバカ息子には手を焼いてるぜ」と言うのを
クソ姑にはチクチクと正直に言うことにしていた。
そのたびにクソ姑は困ったような顔をしていた。
でもクソ姑も思い当たる節がいっぱいあるのだろう。
クソ舅も典型的なモラハラ男だったから。
長年教師をして来て、どこから見ても温厚な立派な紳士なクソ舅だったが、
家の中ではクソ姑に怒鳴り散らして威張り放題だった。
「このグズ!さっさとしろ!」
「ヨタヨタ歩いてないでさっさと歩け!」
脳梗塞で足に麻痺が残った妻に向かってこの暴言。
しかもこのクソ舅、家の中で問題が起きても知らん顔だった。
クソ義両親は長男一家と同居していたのだが、
長男が妻に暴力を振るい、浮気を繰り返していたことで夫婦仲が悪化。
それが原因で妻は新興宗教にのめり込み、
子供たちは家庭内暴力や引きこもり。
長男は会社に単身赴任を申し立て、
とっとと家を飛び出し、一年に1度ぐらいしか家に帰って来なくなった。
そんなひどい状態でも、クソ舅は
「お前の育て方が悪いからこうなった」と妻に責任を押しつけて、
あとは知らん顔だった。
自分たちの兄がそんな状態で、親も寝込むほど困っているのに、
クソ旦やクソ旦のもう一人の兄も知らん顔。
「よく知らない他人がへたに関わると問題が悪化する」
とか何とか言って、知らぬ存ぜぬを通していた。
よく知らない他人って・・・あんたら兄弟だろ?
兄弟や親が泣いて困ってるのに知らん顔かよ!
しかし、見事なもので、父親がモラ男なら、
息子三人ともども、モラ男にDV三昧。
父親の父親・・つまり、クソ旦の祖父もDVだと聞いた事があるので、
やはりDVは連鎖するんだなあ。
しかもあの家はすごい男尊女卑だった。
またいずれ書くが、男尊女卑を絵に描いたような儀式もあった。
こんな家だから、クソ旦のような男が生まれ育って当然。
さて、話がそれたが、
クソ旦は家のことを何もしないヤツだった。
普通の男性なら出来そうなちょっとした電気仕事。
テレビとビデオをケーブルでつなぐとか、
あげくの果てはビデオの録画すら出来なかった。
大工仕事もそうで、ちょっとドアのねじが取れたぐらいのことも
全くしなかった。
電気もDIYも全部私がした。
車の運転だって、免許を取ったのは結婚して8年目。
離婚寸前まで行って、私を引き戻すために
「免許を取るから」と自分から約束し、ようやく取りに行ったのだ。
それまではどこへ行くにも免許のある私が車を運転し、
彼のお出迎えをやらされた。
いつも偉そうに助手席に座り、
何か気にくわないことがあると、
運転中の私の後頭部を殴ったり、
足を蹴ったりした。
何にも出来ず、やろうとせず、
家庭を築いていこうと言う気のない、幼稚な大人。
気にくわない事があれば体や言葉のDVで
サンドバッグのように私の心を傷め付け放題。
クソ旦は大家族の中で生まれた一番末っ子。
相当周りの大人たちに甘やかされて育ったと言う。
いつも誰かが自分のご機嫌を取ってくれて
その役目を今度は私に押しつけたのだ。
言っておくが、私は元々、男に尽くすタイプではない。
自分の事は自分でする男が好きだし、
クソ旦と付き合う前はそんな自立した男性と付き合っていた。
だから、何でも私にやらせて
太っている自己管理すらしないクソ旦にはいつもイライラしていた。
「自分の事ぐらい自分でしろよ!」
何度そう言いたかったかわからない。
しかもクソ旦の稼ぎは少ないし、金遣いが荒い人だったので、
私は常にフルタイムで働き、内職もしていた。
それに家事までやり、クタクタだったのに、
何の手伝いもしてくれず、むしろ、さらに世話を焼かせた。
結婚前には家事分担が約束だったのに、あっさりと棄却され。
でもDVと言うムチを打たれ、文句を言う事は許されなくなった。
むしろ、ニコニコ笑顔で機嫌よく、
クソ旦を気分よくさせることを常に要求された。
ああ、私ったら。
本当によくやってたなあ。
あんなクソ男のために15年も一生懸命、
辛いキモチを麻痺させてまで、よく耐えて来たなあ。
結婚前、付き合ってる時はホントに「いい格好しい」の連続。
金払いは良かったし、何だかいつも格好つけてプライド満点。
会社でも部下の子たちにおごりまくってたし、
外ではよっぽどいい格好してたんだろうな。
だから離婚の話し合いの時の、「オレ、慰謝料払えない。金ないし」には
腹が立ったけど笑ってしまった。
プライド男の情けない姿を見て、ざまあ見ろ!と想ってしまった。
今回の離婚でも、きっと会社や仕事先で、
「嫁さんに逃げられた哀れな男」と陰口を叩かれていることだろう。
「教職者の家」と言う世間体だけが大事だったクソ舅やクソ姑も、
とても恥ずかしくて息子の離婚を世間様に話せないに違いない。
でも近所ではコソコソ陰口叩かれて
身の狭い思いをしているに違いない。
ざまあ見ろ!
ああ、何度も言うが、あんなヤツらと縁が切れて良かった。
しみじみとそう想う。