チーム☆チャレンジクラブ -24ページ目

朝のひととき

おはょうございます。
昨日から徳島大学医学部に来てます。
医大病院には珈琲ショップやらローソンも入ってて、今朝は『ホットラテ』で一服です。
香川~徳島にかけての医大病院巡りも、今日で終わり(^-^)早く帰 りたいもんです。

先日こちさんに朝、会いましたね。
赤穂に居る時は、天和方面に出勤するのでまた遭遇するでしょう(^^)v
ちなみにこないだは、しまさんもすれちがったょ。

来週のバドには参加できそうです♪

【みむ】

ひさびさ更新

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> あんさん、たびたびの投稿ありがとう 肩の具合はいかがかな? みんな首を長くして、復帰待ってるよ。今月は、26日まであります。
 

俄然、北京オリンピックがおもしろくなった

49901c3d.jpgアジア大会第7日は7日、ドーハで行われ、バドミントン女子ダブルス準決勝で、世界ランク15位の小椋久美子(23=三洋電機)、潮田玲子(23=同)組は世界ランク2位の楊維、張(中国)に1―2で逆転負けし、団体戦銀メダルに続く銅メダルが決まった。

 何度スマッシュを打たれても粘った。第1ゲームは7―13までリードされながら、大逆転の22―20。通路まであふれかえった観衆のうち、国技としてバドミントンを愛するインドネシア、マレーシアのファンがニッポンコールを起こした。結果は銅メダルだったが、オグシオの名前を世界にアピールした戦いだった。

 今大会で2人は大きく成長した。団体戦は銀メダル。「疲れて、もう帰りたいと思ったけど、中1日空いて、また頑張る気力がわいてきた」と潮田が振り返ったダブルスでは、初戦で世界6位の台湾ペア、準々決勝で同9位のマレーシアペアをストレートで撃破した。「すごく自信になった」と小椋も声を弾ませた。

 浮き沈みの激しい1年だった。5月の国・地域別対抗ユーバー杯準々決勝。2―2で迎えた最後のダブルスで敗れ、日本はメダルを逃した。小椋はストレスで体調を崩し、潮田は右足首の故障。9月の世界選手権8強で自信を回復したが、今大会の1次リーグでは代表で初めてペアを解体された。「あの苦しさがあったから、2人ではい上がれた」と小椋。信頼を取り戻すには、ダブルスでの結果が必要だった。

 アジア大会の団体戦、女子ダブルスの2種目メダル獲得は、アジア大会では94年広島大会の松尾・捧組以来12年ぶり。人気先行だったペアが、堂々と北京のメダル候補に名乗りを上げた。

おぐしお 完敗

155818b4.jpgドーハ・アジア大会第5日の5日、バドミント女子団体決勝で日本は中国に0―3で敗れ、1970年バンコク大会以来の優勝は成らなかった。

 20年ぶりの決勝進出を果たした日本女子の勢いも、世界一の中国には通じなかった。1ゲームも奪えずに0―3の完敗。準決勝のシンガポール戦で活躍した小椋、潮田の“オグシオ”コンビのダブルスも打ち砕かれた。それでも20年ぶりの銀メダルで2年後の北京五輪へ向け大きな弾みがついた。潮田は「2年前に戦った相手だが、前回よりは戦えるようになった。相手は身長があってショットに角度があったが、スピードについていけた」と手応えを口にした。小椋も「第1ゲームはスピードについていくのがやっとだった。第2ゲームは大きな展開にしたら相手が嫌がっているのが分かった。競り合って我慢したのに、最後に自分たちがミスしてしまった」と話した。

オグシオ勝利 女子団体決勝へ

c4a49a3e.jpgドーハ・アジア大会第4日の4日、バドミンントンは女子団体準決勝を行い、日本がシンガポールに3―0で勝って20年ぶりの決勝進出となった。5日の決勝の相手は、韓国を3―0で破った中国。日本は1970年大会以来の優勝を狙い、中国は3連覇が懸かる。

 日本はシングルスの森かおり(三洋電機)に続いてダブルスの小椋久美子、潮田玲子組(三洋電機)が勝利。シングルスの広瀬栄理子(三洋電機)が競り勝ち、2試合を残して勝負を決めた。

 ▼森かおりの話 すごくうれしい。1次リーグでみんなに迷惑掛けたので貢献したかった。リー・リーは4年前に(釜山大会で)シングルスで負けた相手だったので、成長しているところを証明したかった。

 ▼小椋久美子の話 相手の世界ランクが上だからといって、気持ちで引くことはなかった。(23―21と競った)第1ゲームの最後をネットインで取れて、あれで気持ちが楽になった。

 ▼潮田玲子の話 森さんが取ってくれたので思い切ってやろうと思った。前に対戦したときは負けていたけれど、気持ちを強くもっていけた。チャンスだったので、いい色のメダルを取って帰りたい。