九月上旬、父が天国へと旅立った。
一度ブログを書こうとしたのだけど今じゃないと思ったので、四十九日が終わるまではSNSの類には触らないでおこうと決めた。
なんとなく、区切りで。
終わったので書いてみようと思う。
ずっと入退院を繰り返していて、八月下旬頃に余命を伝えられた。
わたしと母は、先生が伝えてくれた期間よりももっと短いだろうなと感じていた。
だけどその予想よりも早く逝ってしまった。
すごくあっさり旅立つなんて。
看護師さんが「心配かけたくなかったのかもね」と言っていた。
コロナのせいで面会禁止だったので、いよいよ危ないというときにならないと頻繁に会わせられないと言われていたのだが、こんなにさっさと逝くとは先生も予測してなかったらしく、「会わせてあげられなくてごめんなさい」と頭を下げられた。
誰しも旅立つタイミングなんてわからないからしょうがないよね。
先生は神様じゃないんだから。
本当にコロナが憎いよ。
コロナに罹った患者さんとその家族はもちろんだけど、普通に入院してる患者さんと家族にも影響があるんだもの。
普通にお見舞いにいけないこんな世界は早く終わってほしい。
早朝に亡くなったので、わたしと母は父の亡骸の横で、売店から買ってきた朝ご飯を食べた。
なんだかとても穏やかな三人だけの朝だった。
それから葬儀を執り行って、忙しい日々が過ぎていった。
入退院を繰り返していたせいか、わたしも母も、父はまだ入院していて家にいないだけのように感じている。
父が亡くなった知らせを受けて、弔問してくれた人がたくさんいた。
そのたびに喪主である母が応対していた。
その姿を見て、同じ話を繰り返し自分の口から言う行為も、残された者が亡くなってしまった現実を受け入れるための儀式なのかもしれないなと思った。
わたしはまだそれが出来ていない。
やることがいろいろあって友達に会えていないからだ。
メールで文字を打つのと、自分の口から話すのとでは違うよね。
四十九日が終わったら落ち着くから、それからランチでもしようねと言っていたのだが、それもまたコロナによって遮られるのだった…
通夜も、昨今の時勢により一般の方は焼香までとした。
涙を浮かべながら挨拶してくれた人がたくさんいて、父の死をこんなに悲しんでくれる人がいるんだなと思った。
葬儀が終わったあと、通夜に来れなかった父の友人が家に線香をあげにきて泣いていた。
とてもありがたかったな。
最近、キリトがインスタで、七月にお父様が亡くなられたことを書いていた。
奇しくもうちの父と同じ年、しかも近い時期に亡くなっていたなんて…
昼休みに見たのだが、途中で鼻の奥がツーンとして、この先続けて読んだら号泣しながら弁当を食べることになると思ったので、仕事が終わってから車の中で読んだ。
やっぱり自分と重ねてしまって涙ボロボロ零れ落ちて、なかなか駐車場から出発することが出来なかったな。笑
今まで耐えていた分が決壊したかのような。
キリトは父を「恋しい」と言ってたけど、わたしはまだそこまで到達していない。
もう少し時間が必要らしい。
