地震余波
このたびの震災には、謹んでお見舞いを申し上げます。一刻も早く平穏が訪れますよう、心よりお祈りいたします。3月11日は、偶然にも休暇を取って家にいた。14時46分、いまだ経験したことのない揺れの中、やっとの思いで両親を連れて庭に避難。食器棚は倒れガラスが散乱、納屋の屋根瓦は崩れたが、人的被害がなく安堵した。17年前の阪神大震災のとき、寝起きにテレビを見て救援に行こうと思った。職場の上司に行きたいと申し出るが、仕事を辞める勇気はなかった。いま職場ではボランティア休暇が認められるが、東北へ行こうとは思わなかった。しかし、後輩たちが何かをしないではいられないと、救援に奔走しているのを見て頼もしく思う。ちょうど17年前の私の年齢の若者たちである。茨城県南部の友人が、九州のある県に米を出荷したが返品されたという。昨年の秋に収穫した米なのに、とんだ風評被害である。今年の新米は、出荷できるのだろうか。そんなことを思っていたら、地震でポンプが壊れ用水が流れないので、田植えができないだろうという。わからなくても田植えの準備はしなければならない。ビニールハウスで苗が5cmに伸びたいま、ポンプをレンタルして送水できるとの知らせが届いた。地震の翌日、墓地に墓石の状態を見に行った。我家の墓石に倒壊はなかったが、多くの墓石が倒れていた。遠出自粛のムードの中、宝篋山に行った。地震直後は登山の自粛を呼びかけていたが、登山注意に変わっていた。山頂の宝篋印塔はねじれて、一番上の石は落下していた。この宝篋印塔は、鎌倉中期1400年ころの建立といわれるが、600年後に起こる地震を知っていたのだろうか・・・http://blogs.yahoo.co.jp/tokkorosan/51225610.html ←被災前の宝篋印塔