私はよく夢を見る。


日常の風景みたいな夢から、様々なシーンが繋がった取りとめのない夢。
背筋も凍るような悪夢も見たし、起きても消えない素敵な香りの夢も見た。


本当に毎日色んな夢を見るので、そこから何かメッセージを受け取れないかと、印象に残る夢を見たときは「夢占い」を見るのが習慣になった。


昨日は空を飛ぶ夢を見た。

住んだ事はないけれど、とても懐かしい感覚がする町を友人と。
最初は高く、早く飛んでいられたけど、何度か地面に触れるたび徐々に高さを失い、スイスイ飛べていたのになかなか前に進まなくなった。

懸命に以前のように飛ぼうと頑張ったけど、ダメだった。
最後の方はすっごく高いジャンプみたいになって、飛べてるとはいえない状態。



人は堕落しやすい、と思った。

他人の素晴らしい部分を真似したり、優れた何かを得る為には努力が必要だけど、逆の事は知らない間に身に付いてしまっていて、癖になっていることがある。
そしてその癖をなくす為には、努力しなければならない。

水は高きから低きへ流れ、流れが進めば進むほどに汚れていく。

人という存在が高く、清い場所に留まる為には、どれほどの努力が必要なのだろうか。





今日は父親に殴りつけられる夢を見た。

父親が夢に出てくることは珍しくないけれど、手をあげられた覚えはない。
ところが今日は、分厚い紙の束のようなもので横っ面を何度も何度も殴られた。
多分痛かった。
でも、恐ろしさも怒りや憎しみも感じず、それらを向けられている感覚もなかった。
覚えていないのか、感じなかったのかは定かではないけど、顔の形が変わるほどに殴りつけられても、私はただそのまま殴られていた。



私の中の、何か厄介な部分を叩き出してくれようとしたのだと感じた。

私は昔から手の掛かる子供で、父には世話になりっぱなしで。
受け取りやすいばかりの愛情ではないけれど、たくさん愛情を注いでくれている事は解っているつもりだ。
父は私を「憎いから」といって殴ったりはしない。

夢の中でまで父にそんな役回りをさせて、私はいつまで余計な世話を掛け続けるんだろう。





空を飛ぶ夢も、父親の夢も、もしかしたらメッセージなんて無い、ただの寄せ集めの夢かもしれない。

でもそこに何かを探して、これからを頑張ってみたり、父に感謝してみたり。


何が起こっても、どんな方向に向かっても、自分の姿勢1つで世界を変えることは出来るのだと、常に意識して過ごそう。


私に触れるものは全て、私に必要な何らかのメッセージかも知れないから。