カタルパ・takeのブログ

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熊本市の徳富蘇峰記念館の庭に5、月中旬に咲くカタルパの白い花のように「日々、生ききる」ことを伝えたい。

 

先日、酷暑のなか熊本県山都町の友人を訪ね、【ふたりの読書会】をした。

その中で、友人が「国宝」を読んだけどよかったよ、と。「国宝」か、気に留めていた。

 

7月最後の日、うだるような暑さは続いている。

昨日ちょっといい気分になったっことがあったので妻に「映画でも見に行くかね」、暑かのでやめとく、と妻はやや不機嫌に。ひとりで朝9時からの朝一にした。

 

映画「国宝」については何の予備女知識もなく、席に着いた。朝早いがお客さんは多く若い女性もいる。

 

映画「国宝」は歌舞伎のふたり女形の物語である。

歌舞伎は見たことはない、女形は坂東玉三郎しか知らない。

 

血筋か才能か、名門の息子俊介(横浜流星)と任侠の息子喜久雄が歌舞伎の世界へ(吉沢亮)、ふたりが女形を演じる。歌舞伎の世界がよくわかる。ふたりの女形の役者を取り巻く人間模様をよく取りこんでいる。

 

豪華なる出演者、でてくるでてくる、渡辺謙、寺島しのぶ、永瀬正敏、高畑充希・・・、老人女形はあの人では、やはり田中泯であった(配役は最後に字幕で)。映画は配役の比重が大きい。

 

主役は喜久雄で、吉沢亮ははまり役で女形としての美しさが滲み出ている。

映画閲覧後、李監督のインタビュー記事を読んだ。「国宝」の主役は吉沢亮しかいないとして映画を創作した、と。

吉沢亮はこの映画で俳優としての地位を確立したと思う。

 

映画全般を美しく綺麗にとったスタッフカメラマン、雪と紙吹雪の撮影技術は素晴らしい。

寺島しのぶがインタビューで、「歌舞伎界も血筋ではなく才能のある人がでてきたら歌舞伎界は発展します」、と。血筋か才能か?

そして、吉沢亮は歌舞伎界を演じて、『風景』が違うことを感じた」、と。

 

この映画は「国宝」の原作者吉田修一の小説にあるのではないか?

帰りに本屋で「国宝」上・下を買い求めた。

「読んでから観るか、観てから読むか」、どっちでもいい上映3時間は短く感じた。