段々とゆんゆんが生活していたところが片づけられて
段々とゆんゆんがここで生活してたことが
無かったかのようになっていく。
視界の隅っこで
茶色いものが動かない現実に、
電話の音やチャイムが鳴っても
なにか物足りなく
…あんなにワンワン言ってたのに
動画を録ってなかった。。。
さ、24日だ。
毎日『先月の今頃』なんて振り返ってたんだけど
それが出来なくなっちゃうんだ。
もう“先月の今頃”にはゆんゆんがいない。
なんとなく霊園へ行ってきた
ひっそりとしたそこは
まだ全然時が経って無いようで
でも今日もたくさんのご家族が
お見送りに来てた。
実感わかないなんて逃げてたけど
今日はリブレラの注射の日だったんだよね。
予約はWEBからキャンセルしたけど
まだご挨拶に伺えてない。
旅立った報告だから
昼休み前の人の少ない時間が良いよね
なんて考えてたら持ち越し持ち越し…
なんとか思いきらなきゃ。
メッセージボードに
“ゆんゆん!みんなと仲良くね!”
なんて書いて帰ったけど
ゆんゆんはいつもみんなが仲良くしてるのを
1歩下がって見てたな
“みんなに仲良くしてもらってね!”
って書かなきゃダメだったんじゃ…
いやいや
“みんな!ゆんゆんと仲良くしてね!!”
かな。
とにかく
ワタシは我が子がかわいくて仕方ないのです。
49日で行ったときにちゃんと書き換えよう。
“うちの子と仲良くしてね”
いやいや
我が子宛のメッセージボードだ。
ちょっと考えよう(笑)
以下全く違うことです。
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ご近所さんがお亡くなりになった話
(遠い身内だけど家はすぐそば)
ボケてもパワフルで体力だけはあって
いつもいつも町内ウロウロしてるので
息子さんが仕事をやめて
在宅で母親を介護してたの。
(息子さんと言っても私よりウンと年上)
デイサービスは利用してたけどほぼ在宅で
母と息子で最後の時を過ごしてたんだな
なんて綺麗なものではなかった。
沢山の話しを聞いた中で1番印象に残ったのが
自力で食べれなくなってきたとき
・このまま呑み込みの連練習をしながら食べる
・胃に穴をあけて流し込む(胃ろうというアレ)
・自然に任せて看取る
私自身、胃に穴をあけてまで延命しなくていいと
ずっと思ってたんだけど
息子さんが
『死んでもいい年齢で、
むしろ早くくたばれってずっと思ってたけど、
看取りは無理で、呑み込みの練習をして
毎日食べさせてたけど
目の前でむせてたらなんとかしたいし
救急車呼ぶし助けるしかなくて
さすがに救急車を3回呼んだら胃ろうを選択した。』
なんか“ハッ”とした。
長く生きてほしいから胃ろうを選択するとか
そんな方向からしか思ってなかった。
結局
胃ろうの手術の前日の朝、
目が覚めることがなかったと。
沢山色んな散々なことあったけど
最後はこんなにあっけないもんなんだね。
なんて
振り返り話しお涙…となる前に
葬儀屋さんと話し色々手続き…
うわー・・・・
なんか人間のいろんな面の話を聞いて
色々考えさせられたけど
介護から解放されたら
60超えで無職独身ここが闇かと…
私的
要介護2.3の方が手がかかるのよ
要介護4.5は施設にお世話になれるけど
2.3の手がかかる時に
つきっきりにしたら
看ていた家族はその前の生活に
戻るのが大変なんだよな。
お偉いさんは自分で見ないからわかんないよね。
ってことでしばしこっち関連で動かなきゃなのです。

