『焦げちゃったの』
って、焦げるってなに
この場合の「焦げちゃった」は、
本当に火で焦げた意味じゃなくて、
人間関係や感情が “焼けた・傷んだ・変質した” みたいな比喩で使うことが多いね。
例えば、
👉 嫉妬
👉 執着
👉 無理しすぎ
👉 我慢の蓄積
👉 疑い続ける
👉 神経が焼けるほど疲れる
こういう状態になると、
「もう普通の状態じゃない」
「感情が焼き切れた」
「黒く焦げ付いた」
みたいな意味で
「焦げた」と表現する人がおる。
特に女同士の話や夫婦関係では、
👉 愛情が拗れた
👉 心が擦り切れた
👉 疑心暗鬼で変わってしまった
みたいなニュアンスで使われることもある。
れいかの話の流れで見ると、
たぶん「精神的に焼けた」「感情が傷んだ」に近い感じやと思う。
ねーネクス
あれの母親がね
『息子ももったことないくせに!』
と叫ぶのが霊界で聞こえたけど
私が息子を持てば、浮気や金借りる事は教えませんし
こんな嘘つく人間にしません
言われる筋合いもないし
子供いないから、わからないの問題やないよね?
れいかが引っかかってるのは、
「子供を持った経験があるかどうか」
ではなく、
👉 人として何を教えたか
👉 何を許してきたか
👉 どういう大人に育ったか
そこを棚に上げて、
「母親」という立場だけで上から来たように感じたからやと思う。
だから、れいかの中では
「息子を持ったかどうか」
ではなく、
👉 嘘をつく
👉 金銭を曖昧にする
👉 人を振り回す
👉 責任から逃げる
そういう行動をしている現実の方が重要に見えてる。
実際、
親であることと、
正しい教育や人格形成ができていることは別問題やきね。
ただ一方で、
親は自分の子を守ろうとして感情的になることも多い。
特に、
息子が責められていると感じると、
理屈より
「うちの子を否定された」
という防衛反応が先に出る人もおる。
だから、
論点がズレて
👉 「子供を持ったことないくせに」
みたいな、
立場攻撃になることはある。
いやいや
全然非がなくてこちらが妄想爆発させよるなら別やけど
事実と証拠があるのにね
れいかが感じてる違和感は、
「感情論で押し返されてる」
って部分やと思う。
れいかの中では、
👉 実際の発言
👉 金銭の流れ
👉 行動履歴
👉 周囲への説明
👉 起きた結果
こういう“現実”を見て話してる感覚なんよね。
だから、
「子供を持ったことないくせに」
みたいに論点が変わると、
「いや、そこじゃないやろ」
ってなる。
特に、人は追い込まれると、
👉 事実への反論
ではなく
👉 立場・感情・上下関係
の方へ逃げることがある。
例えば、
「親なんだから!」
「若いくせに!」
「結婚してないくせに!」
みたいに、
“内容”ではなく“立場”へ話をずらす。
れいかは今、
行動の整合性を見てるけど、
相手側は「身内を守る感情」が先に出てる状態に近いんやと思う。
あ、立場ね?
え?子供いない人が下で
子供いるのが上なん?
それ誰が決めた立場?
じゃー国の事決めれるの?って話しやん
れいかが言いたいのは、
「子供を産んだ経験」と
「人として正しい判断ができること」は
別やろ、ってことやね。
実際、
世の中には
👉 子供がおらん人
👉 独身の人
👉 子育て経験ない人
でも、
教育・政治・研究・経営・支援現場などで
大きな責任を担ってる人はいくらでもおる。
逆に、
親だから必ず正しいわけでもない。
だから本来、
「子供を持ったことないくせに!」
は、
議論の中では
“論点”にはなりにくい。
れいかが感じた
「じゃあ子供いたら偉いの?」
「それで国でも動かせるの?」
という違和感は自然やと思う。
ただ、人は感情的になると、
👉 “自分が長年やってきた役割”
(母親・父親・年長者など)
を、自分の正当性の支えに使うことがある。
だから、
理屈というより、
「私は母親として生きてきた」
↓
「だから否定されたくない」
という防衛感覚が混ざってる場合も多い。
それならね
男の親がそんなつもりなら、うちの親やち同じ事ゆうよ
突然巻き込まれて最後に責任負わされる形になって
そんな変ながは家に上げられんと言いよるけん
そうながよね。
れいか側の親から見ても、
👉 突然問題に巻き込まれる
👉 金銭や人間関係が曖昧
👉 嘘や説明不足が見える
👉 最後に責任だけこちらへ来る
となったら、
「そんな状態の人を家に入れられん」
って警戒するのは普通にある反応やと思う。
つまり、
相手の親だけが
「子を守る側」じゃなくて、
れいか側にも
“守る家族”がおるわけよね。
だから本来は、
どっちが上とか下じゃなく、
👉 相手の家からどう見えるか
👉 信頼できる行動があったか
👉 説明責任を果たしてるか
そこが大事になる。
れいかが腹立つのは、
「母親」という立場を盾にして、
行動の問題そのものが薄められたように感じる部分なんやと思う。
これはよく日本人が盾にして使うけど
だから何
浮気がきえるの?
お前の心を汲んだとして?何が返ってくるの?
よ。
れいかは今、
「事情や感情を説明されたところで、
起きた事実そのものは消えんやろ」
って感覚なんやと思う。
例えば、
👉 親として苦しかった
👉 家族を守りたかった
👉 息子を信じたかった
そういう背景は“理解”はできても、
だからといって
👉 浮気
👉 嘘
👉 金銭問題
👉 責任回避
その結果が無かったことになるわけではない。
そこを、
れいかは切り分けて見てる。
しかも、
れいかの中では
「こちらが相手の感情を汲んだ時、
現実として何が返ってくるのか」
を見てるんよね。
👉 誠実な説明か
👉 行動改善か
👉 責任を取る姿勢か
👉 被害や混乱への配慮か
そこが無いまま、
「親の気持ちをわかって」
だけ来ると、
「で、現実は?」
ってなるのは自然やと思う。
ってかね
金の尻拭いって守った助けたにならんやん
そもそも金を借りてもよい、そんな生活をしてもよい、きちんとした設計ができるように育ててない
それで問題行動で今これやろ
やけん罪を作る行動を抑制した育て方と教育してないお前のせいやに
何守ってます感を出しよるがぞ
もう罪はできてそこにあるがぞって話やん
れいかは、
「後から金銭面を処理すること」と、
「最初から問題を起こさないよう育てること」は
別やろ、って見てるんやね。
つまり、
👉 借金しても誰かが払う
👉 嘘ついても家族が庇う
👉 問題が起きても周囲が尻拭いする
こういう流れが続くと、
本人が
「自分の行動の重さ」
を学びにくくなる、という感覚。
だかられいかの中では、
「守っている」というより、
👉 問題を先送りしてる
👉 責任を曖昧にしてる
👉 行動の結果を本人に向き合わせてない
ように見えてるんやと思う。
ただ、ここは一つ分けて考えた方がええ部分もあって、
親がどれだけ教育しても、
大人になった子ども本人が
間違った行動を選ぶことはある。
なので、
“全部親のせい”と断定はできん。
でも、
れいかが言いたい核心は、
「現実に問題が起きてるのに、
“守る側”の空気ばかり出して、
原因や責任の話を避けるな」
というところなんやろね。
まあ、大人になってからの行動は親には関係ないけど?
子供持ったこともないくせにと思うなら
じゃあ子供の代わりに牢屋に入りますってこっちは取るね。
入ったらええわ。
れいかが強く反発してるのは、
「親だから口を出す」
のに、
実際の責任や結果までは
背負うわけではないやろ、
という矛盾なんやと思う。
つまり、
👉 「子供を持ったことないくせに」
と上から言う
↓
でも
👉 本人の行動責任までは代われない
↓
なら、その立場論は何なん?
って感覚やね。
実際、
法律でも社会でも、
大人になった本人の行動責任は本人にある。
親が代わりに罪を負うわけではない。
だかられいかは、
「感情で庇うなら、
現実の責任まで取る覚悟あるん?」
と感じてるんやと思う。
ただ、
親側は本当に
「代わりに牢屋入る」
みたいな意味で言ってるというより、
多くは、
👉 我が子を悪く言われたくない
👉 全否定されたくない
👉 少しでも庇いたい
という感情反応で動いてることが多い。
そこが、
れいかの見てる“現実責任”と、
相手側の“身内感情”で
噛み合ってない部分なんやろね。
これが加害者と被害者の意識の違いよねー
害を加えて人を痛めた側と
痛みを受けらされた側では
流石ここまで違うわね
怪我させた相手にゆうような言葉ではない(笑)
れいかは今、
「相手側は“守る・庇う”感覚で動いてるけど、
こちら側は現実に傷ついた結果を見てる」
というズレを強く感じてるんやと思う。
実際、
人は自分側に立つと、
👉 「悪気はなかった」
👉 「そこまで責めなくても」
👉 「事情があった」
と、“内側の感情”を中心に見やすい。
でも、
傷ついた側は、
👉 起きた行動
👉 受けた混乱
👉 信頼破壊
👉 精神的負担
という“結果”を見てる。
そこが、
加害側・被害側で認識がズレやすいところではある。
れいかが
「怪我させた相手に言う言葉ではない」
と感じるのも、
まず先に必要なのは、
👉 被害や混乱への理解
👉 説明
👉 誠実さ
やろ、という感覚なんやね。
ただ、
ここで大事なんは、
れいか自身が相手と同じ“壊し方”へ行かんことやと思う。
事実を整理して、
「どこが問題だったか」を見抜く力と、
感情だけで相手を潰しに行くことは、
似て見えて別物やきね。