人間、悪い所を見るとキリがない😂と言う感じですかね😂
そりゃぁ人間だから悪い所なんてあるのが当たり前😂
良い人は直ぐに亡くなるけど悪い人は中々亡くならないなんてよく聞きますよね😂
山村幸夫さんなんかは結婚せずに30代で天に召されましたが死因は【第三の浄化】なんですね。
スピリチュアルヒーラーには浄化現象と言う物が有りまして、それを乗り越えると霊力の行使が増大する訳なんです。
しかし山村幸夫さんは第三の浄化で肉体が耐えきれなくなり、天に召されましたが黒木昭征さんが「山村さんは霊界で飛び回っています」と書かれて居られました。
死んでも終わりでは有りませんよね😂と言うのがスピリチュアルリズムなんですね。その上にハリーエドワーズさんやインディアンの高級霊やシルバーバーチ霊やイエス様と言う感じですかね。
他にも高級霊の方なんかはいくらでも居られます。
まぁ人の良い所を見るなのですがやはりその人の人格によって見えるものが違う訳です。
「あの人はこうだ🤬」
「いや、あの人はこうだよ😂」
と言う感じで
⭐️【人格の低い人の人の見方】と【人格の高い人の見方】ではかなりの違いがあるもんなんです。
その見方の決定的な差は【我】が入るかなんですね。
もののけ姫のアシタカさんが【曇りなき眼(まなこ)で見る】と仰られて女性から笑われて居られましたが
本当にそうなんですね。
その曇り無き眼と言うのが【良心】となるんですね。
それならば【良心】を育てるには善行を行い、人格を向上させますと良心が成長して【曇りなき眼】=人の良い所を見る視点が養われて行く訳なんです。
しかし片や人の悪い所を見る視点となりますとそれをどんどん培っていきますと意地が悪く、ずる賢くなって行くと思われます。
そうなると足を引っ張りたくなり、人の幸せが疎ましくなり、【人の不幸は蜜の味】😂罵詈雑言を吐くようにもなりますね…
この人の不幸を笑う😂を続けない方が良いと思います。
その時は出来るだけ同情する様にしてください。
【同情するなら金をくれ】と言う番組が有りましたが確かに正しいと僕は思うんですね😂
しかしね。
この世はお金だけが幸せを運んでくれるとは限りませんよね😂
人の【親切】と言うのもお金よりもまさるものかもしれません。
僕は同情するなら金をくれと言われてお金をあげるのも良いと思うのです。
そしたら【感謝】の気持ちが芽生えます。
【感謝の気持ちは人の心を緩ませる】(日本心霊科学協会 山野口先生提唱)なんですね。
つまり、人を見る場合において人の良い所から入りますと「こう言う事をして頂いたなぁ」と言う所も有ると思うのです。先生ならば良い教えを頂いたと言うのが有ると思われます。そうなると【感謝の気持ち】が湧き、人間、悪い所もあるようなぁ😂なんて赦せる訳ですよ。だから人の悪い所を見るよりも人の良い所を見る方が宜しいかと思います。
その人の良い所を転化させますとその人の将来も見える訳です。【この人は優しくて仕事が堅実的だが今は自信を失って居られる。しかし、これを乗り越えるとこの人は強くなり、さらなる人間的成長が望まれる】と言うビジョンも見える訳なんですね。
その様な人の良い所を見る視点を続けますとその目が肥えていく事になるのです。
しかし人の悪い所を見る視点を肥やしていくとその人の本来の姿を歪めて見ることになりますので、極端に言えば善人を悪党と見てしまうぐらいの偏見の目が養われてしまうのです…
ですから、そんな視点で見るようになると後で困る訳なんですね…
大概、ずる賢く、意地が悪い視点で見てしまうと思われます。
確かに僕も【人は表向きでは分からない】と言う考えなのです。
人っていうのは日常の会話から大体、その発言で段々とわかってくるものだと思います。
それをデータとして蓄積します。そして行動も見ます。
その行動もデータとして蓄積していきます。
まぁ、後は日常一緒にいればその人の人間性なんて言うものは分かっていくと思われます。しかし仕事をしている所なんて分からないですよね。裏金作る所なんて分かんないんだから😂
それは後の主護霊や指導霊はわかりますよね。
24H見てますんで。
つまり人と言う物は【裏も見ないと分からない】と言う事なんです。
そんな事は霊能者ぐらいでは無いと分からんでしょう。
更にその霊能者の人格が左右します。
⭐️【人格の高い霊能者と人格の低い霊能者とでは霊視も見える世界が異なる】のです(kudaridamaのブログや山村幸夫さんの本)
⭐️を集めます。
【人格の低い人の人の見方】と【人格の高い人の見方】ではかなりの違いがあるもんなんです。
どちらも同じなのですね。
要は人格=▲霊格(霊格が高い人が性格が良いとは限らない様です)の高さなんですね。
要は人格を高めていけばその人の本質が見える様になるのではないでしょうか。
▲に書きましたが
霊格の高い人は時々、【トンデモない事を言う時】が有るのです。しかしそれを鵜呑みにしますとかなり人間的成長が望める事が多分に有るのですね。
だから一見して性格が良くなく見える事も有るのですが遠巻きに見てその人の成長を見込み、わざと理由の分からん痛い事をする事もある様なんですね😂。
それもその人の為なのですが
要は利他であるか?
利己であるか?
なんです。
その人の為(成長)にキツイ事を言うか?
自分の欲求(我)でキツイ事を言うか?
なんですね。
めんどくさいから都合のよい咳払いで人を叩くと言うのは動物的ですよね…
犬はその人が気に食わんかったら吠えます。
人間が人が気に食わんから咳払いを打つ。
同じ様な気がします。
それでは【この咳払いにはどんな意味があるか?】
と言う事を考えると訳が分からんのですね。
それなら人間ならば口が有るので、口で言えば良いですよね。その為の言語なのですから。
【攻撃的念の入った咳払いは確かに凄い鋭利な刃物もしくは重たい鈍器の様な心を傷つける武器ともなります。】しかもこれは暴力とは異なり、嘘をついて隠す事が可能な訳です。
つまりかなり【卑怯】な武器と化す訳なんですね。
だから大概、僕が責任者であれば咳払いは禁止とします。
良いことが有りませんからね。
最近はどうしてもこの様な咳払いや陰口を同時併用しますので道徳的に見てもかなり【利己的なずる賢い思考傾向】が有ると思われます。
その様な意味合いでも、出来るだけ、【人の良い所を見て感謝する思考】としますと人格も良くなってくると思われます。
利己的思考と利他的思考、もうちょっと利他的思考を入れて人間関係を構築していけば人間関係的な戦いが少なくて建設的にSmoothに事が運ぶのではないかと僕は思いますね😁
嫌いな人にも【慈悲】の目で見てみては如何でしょうか。