※この記事はネタバレを含みます。

 

 

 

「悪人」「怒り」のイメージが強い吉田修一さん原作、「横道世之介」の映画についてです。

「怒り」で未亡人みたいなゲイ役を演じた綾野剛がここでもまたゲイ役演じてて観ながらにやけました。

 

 

 

横道世之介

 

監督 沖田修一

原作 吉田修一

出演 高良健吾

   吉高由里子

 

 

 

 

あらすじ

 

大学進学のため長崎から上京してきた青年、横道世之介。はじめは頼りない青年ながらも、学校で出会った友人 倉持、一緒に教習所へ通った加藤、教習所で知り合いのちに交際をはじめることとなる祥子、世之介が一目惚れをする千春さんなど様々な人と出会い、成長していく。

16年後、事故で亡くなる世之介が、みんなの心の中で生き続けていることを、過去と現在を織り交ぜながら紡いだ作品。

 

モデルは2001年に発生した「新大久保駅乗客転落事故」から。

駅のホームで泥酔した男性がプラットフォームに転落、救出に向かったカメラマンの日本人と韓国人留学生が電車にはねられ、三人とも死亡した事件。

 

 

 



 

予備知識なしで観たので、終わったあと時計を観て驚いたんだけど、この作品160分もあるんですって。たしかに最初のシーン、なんだか古めかしいアイドルが路上で歌ってるんだけど、そのシーンがやけに長いな…なんて感じた気もする。

 

気もする、というのは、その導入のシーンがこの作品の時代設定であるバブル期(1987年)へのゲートであることは一目瞭然だし、そのあとアイドルの曲を口ずさみながら電車に揺られる世之介のまったりしたシーンは世之介の人柄とか、その周りの空気感とか、そういうものを醸すのに必要だったと思うから、そこからは大して時間なんて気にならなかった。とにかく会話が多いんだけど、余韻としては小説読んだかな?ってくらい世之介の一年間が詰め込まれた素敵な作品でした。すごく好き、これ。

 

 

わたしとしては、現代に生きるみんなより、その当時の世之介が素敵に見えたので、そこにクローズアップして感想を残したいと思う。

 

 

 

 

出会えたことが、うれしくて、可笑しくて、寂しい―――

 

観終わったあと、このポスターの一文が長く胸に残りました。

 

入学式で知り合った倉持は、その後いっしょにサンバのサークルへ入部した唯と交際をはじめ、子どもができたことをきっかけに退学、結婚。世之介はずっと見守っていて、倉持が冗談交じりに「金貸して」なんて言ったら、「いいよ」と即答。

世之介は空気が読めないし能天気でどこか抜けてて、こんなに良い奴。

倉持の引っ越しまで手伝った世之介に、倉持は泣きながら「今日手伝ってくれるやつ、お前しか呼べなかったんだ」「本当にありがとう」「頑張るよ、俺」というと、世之介は照れ笑いを浮かべる。

 

 

千春と出会い、頭がお花畑になっていた世之介は誰かに話しを聞いてほしくて、近くに座っていた加藤を昼ごはんに誘う。

はじめは嫌な顔ではやく帰ろうとしていた加藤が、免許の話題を出した世之介に「安くなるからいっしょに教習所行かないか」なんて言うシーンは、あぁ世之介ってなんて人たらしなんだろうとなぜだかわたしが誇らしくなった。

 

 

そして教習所で知り合った女の子二人と加藤とダブルデートへ行った世之介は、そこで絵に描いたようなお嬢様(キャラ、と言っても過言ではない)の祥子と出会う。

それからというもの、祥子は世之介をたいそう気に入ってしまい、勝手に家に遊びに来たり、一緒に実家へ来て地元の友人たちと混じって遊んだり、かなり積極的にアピールをする。

世之介は困った顔をしつつも、そんな祥子を断ることができない。彼はとても優しいのだ。もうこのへんでわたしは世之介を友だちとして見ている。

 

 

そして加藤が「俺は男が好きなんだよ」と衝撃の告白。

(ダブルデートの話が出たさいに、「女に興味がない」と言っていたのはこのことだった。)

しかし世之介は「へえ!」と言って食べていたスイカをかじる。当然、並々ならぬ気持ちで告白したであろう加藤は肩透かしを食うわけだが、わたしはもうこのシーンで世之介のこと好きになってた。いやもう大好き。抱きしめたい。

 

 

 

 

しかし、現実とは残酷である。

 

現代でラジオのDJとして活躍する千春が、ニュースを読み上げるシーンがある。

「―――死亡が確認されたのは、横道世之介さん35歳」

冒頭書いたように、世之介は人助けのために亡くなった。なんて世之介らしい最期なんだろうか。不思議と涙は出なかった。

 

 

 

映画の終盤、現代を生きる祥子が出て来る。お嬢様キャラを微塵も感じさせない、しっかりとした女性となっていた。

そして、自分が不在の間に届いていた荷物を見ていると、世之介の母からの荷物が届いていた。

「大学時代に付き合ってた人よ」

「ああ、世之介さん?」

「そう。そのお母様から」

と祥子と祥子の母親との会話がある。

わかっては居たことだが、祥子と世之介は別れていた。それに、思っていた以上に早く。

 

祥子は留学のため二週間ほどフランスへ行く。二人はこのとき幸せの絶頂期だったはずだ。誰がどう見ても。しかし、このあとで別れているのだ。明言はされていないし、理由が何なのかも、祥子が何のために留学したのかもわたしたちにはわからない。

 

荷物を開けると中には写真が入っていた。

 

 

映画のエンディング、祥子の乗ったバスを見送った世之介は、隣人から貰ったカメラで写真を撮りながら帰る。

直前には、祥子と「初めて撮った写真は、世之介さんの次でいいから私に見せてくださいね」と約束を交わしている。

倉持と唯の子どもの写真、出発前の祥子の写真が二枚、野良犬を追いかけブレた写真が数枚、近所の子どもの写真、それらをファインダーにおさめていく世之介を映しながら、世之介の母が祥子に宛てた手紙が読み上げられる。

 

「世之介が死んでから3ヶ月が経ちました」

「一人息子に先立たれてしまったけど、いつまでも悲しんでいられないわ」

「世之介に出会えたことに感謝してる」

「たまには遊びにきてね。世之介の話でもしましょう」

 

希望を抱える世之介の姿と、世之介の最期を話す母。

出会えたことが、うれしくて、可笑しくて、寂しい―――

と、まさにその通りだ。友人をひとり、亡くしてしまったかのような喪失感のまま映画は幕を閉じる。

 

 

横道世之介。きっとわたしは彼を忘れない。