妊娠五ヶ月の中絶を経験してから旦那に対して異常なくらいの敵意が私に芽生えてきて

『いつか思い知らしてやる!』と心に思っていた・・
だから、この頃から旦那には逆に私から別れを言い出したとしても 逆らえないくらいの既成事実を作らせるように 意識的に仕向けていったのかも
・・

私が風邪を引いて高熱を出して 子供二人を隣に寝かせて うなされている時も旦那は 一切面倒は看てはくれず 薬局で入れてくれた買い物袋のまんま
枕元に置いて遊びに行ってしまったり・・
それでも私は『行かないで』
とは言わなかった。

些細な事で短気を起こした 旦那と喧嘩した時 壁に殴り掛かり穴が空き それでも収まらず 包丁が飛んできて畳に突き刺さった時も
旦那の親を わざと呼び出し見せ付けた。

結婚二年目にして この状態だった・・

まだ私は21歳・・友達はまだまだ青春をしているのに自分は自分の蒔いた種で苦しんでいた・・
そんな状態を見た友達が気を遣って遊びに誘ってくれた時、偶然旦那が女と仲良く寄り添う姿を見つけた・・臓が煮え繰り返った。
だけどそれも見逃した・・
後々のために黙って時期を待つつもりで・・
この頃の複雑な結婚生活での心境が きっと私の人間性が狂った時期なんだろうと思う。


二人目が生まれても旦那は変わらず
やはり性欲も激しく本当にセックスが嫌で何度も喧嘩した。

時には寝ている間に下着だけ膝まで下げられ
気付けば終わってる・・なんて事もあった。

あまりに私が嫌がるのでアダルトショップで
バイブを購入してセックスの良さを教えようともされたり、笑えるが人参やキュウリなども使われたりした。

さすがにブチ切れて『そんなにやりたきゃ他でやってくれ!』
と喧嘩していた

そんなめちゃくちゃな生活の中また更に妊娠
旦那は私を性欲のはけ口にしか思って無かったんだろう・・
もちろん中絶・・
そしてまた妊娠・・

その時私は ようやく ある程度まともな仕事をしていたので 今辞めるわけにはいかない!
働かなければ子供を養えない・・妊娠五ヶ月まで、費用を用意するため働き、お腹の子供も動き出していた・・自分は、こんなことばかりしていたら絶対幸福になんかなるわけない・・一生罪を背負いながら生きていかなきゃならないんだろう・・って思った。
妊娠五ヶ月にもなると陣痛促進剤を使って普通に分娩して中絶しなければならない・・
意識は、もちろんあるまま・・涙が止まらなかった・・助産婦さんが『あら、オチンチンあるね可哀相に・・』
その言葉が今も頭から離れない・・

その出来事があってから旦那には次私を妊娠させたら離婚する!と言い聞かせていた。

日々の生活もままならないのに 旦那の性欲だけは衰えることがなくて

出産後も医者から止められている二ヶ月を過ぎると毎晩のように求めてきた。
のちにこの性欲の激しさも離婚の原因の一つになるんだけど・・

そりゃ毎晩していれば妊娠も当然で避妊を一切してくれる人ではなかったから 産後四ヶ月目で二人目を妊娠した・・
生活保護の担当者に話したが当然のように中絶を進められ 初めて中絶をした。

だからといって感傷に浸っているヒマなんてあるわけない。

その後も性欲は衰える気配もなく また妊娠した・・
さすが産むことを希望して無事に男の子を産んだ。
この頃から旦那に嫌気がさしてきたのを覚えていて少しずつ離婚という事も考え出していた。
ただ旦那は子供には優しく接していたから

『私が頑張って働けばいいんだ』
と自分に言い聞かせていた。
当時今でも忘れないが、
生活保護担当者が私に
『奥さんは若いんだから水商売でもすれば生活が楽になるんだから、それは出来ないの?ていうかどっかの店で見たような気がするんだけど・・』

もちろん私は水商売は、していなかった 他人に甘えるなら、するべきだったのかもしれない。

当時は自分には出来ないと考えていたから勇気すら無かった
この過去が今の仕事に踏み出したきっかけなのかとも思ったりする。