ami*自由人道blog

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23歳~個人事業主として活動中☆ミ
山あり谷あり、笑顔あり涙ありw
『人間らしく、自分らしく』これこそ生き様っ!
道を切り開きながら進み続ける模様、
その中で感じる事などを自由に書いてます♪
影響を与えられるでかい人間目指して(∩´∀`)∩

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よくビジネスをしてる人に会うと、

「僕(私)のメンターは〇〇さんで…」

と聞くことがたまにありますが
メンターってイマイチよく分からないんです

なので最近、会う人にたまに聞くことがあります

「貴方にとってのメンターって一体なんですか?それはどんな人ですか?」

色んな返事が返ってくるので面白いです

せっかくなので一般ではどういう意味なのか調べてみました!


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■メンターとは、仕事上(または人生)の指導者、助言者の意味。 メンター制度とは、企業において、新入社員などの精神的なサポートをするために、専任者をもうける制度のことで、日本におけるOJT制度が元になっている。 メンターは、キャリア形成をはじめ生活上のさまざまな悩み相談を受けながら、育成にあたる。

■「助言者」「相談相手」「師匠」を意味します。新入社員や後輩に対し、職務上の相談にとどまらず、人間関係、身の処し方など個人的な問題まで広く相談に乗り、助言を与える人。

■「良き指導者」「優れた助言者」「恩師」の意。自分自身の仕事やキャリアの手本となり、助言・指導をしてくれる人材のことを指す。
・人材育成の手法としても用いられており、組織として関与する上司や役職者ではなく、関与度の低い他部門の人材や先輩(役職の無い人材)をメンターとして任命し、日頃の悩み相談やキャリアパスの見本となる人材を割り当てることもある


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なるほど!
メンターと師匠って同じ意味やったんですね

尊敬する人、っていう意味であれば、何人かメンターはいます

でもたまに会う人の中で、メンターの全てを完コピして、仕事の仕方を真似するのはまだしも
例えば服装や持ち物まで全く一緒のものを身につけたり、仕草とか生活まで全く同じにしている人もおるけど(例えば同じカバンを持ったり同じタバコを吸ったりとか)

何故そこまでするの?って聞いたら

「成功してる人と全く同じことをしていれば、成功出来るから!」

と言う

そこまでやる意味は正直分からんくて、それって個性が死んでるやんって思う

そういう部分って、誰かにとってそれは悪い部分でも、誰かにとってはいい部分になったりもすると思うし

仕事の仕方だって、誰かと同じにしてしまうと面白くない

それとまた別の人は
「メンターとは、将来、例えば10年後この人のようになりたいと思える人。」

って言ってた人も居ました
目標があるというのは、素晴らしい原動力

でも真似する部分は真似したらいいと思うけど、100%この人になりたい!ってのは、どうしても不自然に思えてしまう

あくまで個人的な意見であって、人それぞれやとは勿論思ってます

私にも尊敬する人が何人かいます

それをメンターというのかどうかは分からんけど、でも師匠というのは居ない気がする

尊敬するからと言って100%その人が言うことやることが、全て自分にとって正解かと言われればそうじゃないし、今のところ、100%この人みたいになりたいと思う人が居ないから。

と言って、それを求めたり探す必要もないと思う。

違うと思う部分があるのが当たり前で、嫌な部分もあるのが普通のことで、自分にとってそれが許容範囲であれば問題ない

違うと思う部分があれば意見し合えばいいし、そういう部分では、体育会系のような上下の関係を作るよりも、お互いの欠点を補い合える「仲間」が作りたい、といつも切に思ってる。

メンターの言うことを、違うと思っても全て「はい!」と答えて言うことを聞く

ってのもよく分からんくて、違うと思えば意見すればいいと思う
それが本物の関係を築けるんじゃないかなって

結果言うことを聞いてたら上手くいくこともあるかもしれんけど、それでも何故そうするのかとか、自分の意思で間違いを選択することの方が学べることを知ってるから

実際、自由に好きな様にやらせてもらえたことで、少なくとも言う通りにするよりかは成長出来たと思う

一番厄介なのが、勝手にその人のことをメンターと呼んで付いてきているならまだしも
メンターと呼ばれる側の人が、弟子?(側の人)に押し付けて指導すること

勘違いしてる人が多い気がするけど、例えば師匠と弟子が居るとしたら、傍から見れば師匠の方が立場が強そうな気がするけど
本当は弟子の方が主導権を握っている

誰から学ぶか、付いて行くかは弟子が勝手に決めることで、師匠が決める訳ではない

「師匠は弟子を選ぶことは出来ない」

自分の思い通りに動いてくれる人が本当の弟子でもなければ、
本当に自分のやりたいことをやりたいようにやれないまま、ただ単に自分の思い通りにしようとする人が師匠ではない

ってこと。

黙って言うことを聞きなさい!と指導するんじゃなく

何故こうするのがいいのか?を
言葉なり行動なりで本人に気付かせてあげることが本当の愛だと思うんです

それにその方が、自分で何かを生み出したり頼らずに考えたりする力が付きます

その環境を自然と作ってあげられる人が、真の指導者です

自分のエゴで腹を立てたり思い通りにしたいだけの人の元にいる人は、その事に気付いて欲しい

「弟子にしてください!」
とは聞くけど
「弟子になってください!」
は聞かないですもんね(笑)

全てこの人の指導の元で文句1つ言わずにこうなりました。

って人よりも

ぶつかり合いながら喧嘩もしながらここまで来ました。

って人の方が、とても人間味があって魅力的に感じるのです


とは言っても、毎日色んな方々から学ばせて頂くことは本当にたくさんあります

自分に上書きするのではなく、いいと思った部分をフィルターかけて「付け足していく」のがいい

上とか下とかじゃなく、愛を感じる注意や指導は相手の心に必ず届いてます

勿論尊敬する人に対して敬意は必要やと思います

昔から上下関係とかそういう習慣がなかったからか、今でもそういう考え方は変わらんし、その気持ちを持ち続けてきて良かったと、今そう思えるのです。