Siesta

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憂いの篩

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人生とは結局のところ自己満足かもしれない.
というかおそらくこれは正しいはず.

だとすれば,完璧な計画性などこの世の中には一つも存在せず,人間界におけるすべての事象は「衝動」と「合理化」で説明することができる.

計画には常に「多面性」という概念が付きまとう.
簡単に言ってしまえば,何事にもメリットとデメリットがあるということである.
所謂「科学的に証明された」というのは,現代社会においては論理の象徴のようなものであるが,その論理の重量な構成要素は「対照実験」である.
一つだけ条件を変えたときに起きた変化は,その条件によってもたらされたものだとする考え方である.
この考え方が示しているように,現代科学は相対的な「差の哲学」である.
しかし,比較するいくつかのもののフィールドがあまりにも異なってくると,この科学的論理解は導き出すのが非常に難しい.
故に,計画は常に曖昧さを含んでいる.

そこで重要となってくるのが,「自己との関係性」である.
自己と他との関係を自己と定義した人もいるくらいなので,自己との関係はいつも重要だが,ここでは「計画の目的」や「自分にとっての必要性」などと換言しておく.
これを明確にして初めて最適解が決まる.
自分が何を重要視するのか,そして最終的に何を目的としているのか,そこが最も重要である.

ここで一つ論理の階層を挙げて考えるが,目的というものにも多面性がある.
したがって,人間の行動はどこまで行っても多面性をはらんでいる.
つまり,最適解は探すことが事実上不可能である.

その中で人間が行動できるのは「衝動」のおかげである.
ここで間違いなく必要になってくるのが「合理化」である.

合理化する力は大きければ大きいほどいいのだろう.