私はその後も「白い死神」が気になっていた。
何日間も。
私はネットで検索してみることにした。
「白い死神」のキーワードで。
ひとつひとつ検索にかかったサイトを見ていき、
あるサイトに私は釘付けになった。
白い死神、シモ・ヘイヘ。
シモ・ヘイヘ?
初めて聞く名前だった。
どうやら過去に実在した人間のようだ。
私はこの人物を説明する文章を読んで、戦慄した。
これは...はたして人間なのか?
とても私と同じ人間だったとは思えない。
信じられない。
「白い死神」とヘイヘに異名をつけて呼んだのは、
彼に多くの同胞を殺された敵方だったようだ。
地獄のような極寒の戦場に降り立った「白い死神」である。
以下、シモ・ヘイヘに関する記述を、
Wikipediaから要約して引用する。
シモ・ヘイヘ、1905年フィンランド生まれ。
フィンランド軍人。史上最高の狙撃手のひとり。
1939年からの冬戦争でソビエト赤軍と戦った。
ヘイヘは平均気温-20℃から-40℃という酷寒で、
公認記録505人のソビエト軍兵士を狙撃にて殺害、
ソビエト赤軍から「白い死神」と恐れられた。
特に有名なのが、4000名のソ連兵に対して、
ヘイヘを含むフィンランド兵わずか32人が迎撃した、
通称「キラー・ヒルの戦い」であり、
この防御戦によってついに終戦までフィンランドは、
コラー河付近の領土を赤軍から守り抜き、
のちに「コラー河の奇跡」と呼ばれた。
ヘイヘは旧式銃でなんとスコープを使わずに狙撃した。
スコープを使用しなかったのは、
光の反射で自らの位置を悟られないためだった。
彼は狙撃訓練でいとも簡単そうに、
150mの距離から一分間に16発の射的に成功した。
この速射能力と、
300m以内で確実に頭部狙撃したという射撃精度が合わさり、
恐るべき効率で敵軍を蹂躙する「白い死神」が誕生した。
彼は、狙撃による505人の殺害を、
負傷するまでのわずか100日程度の短期間で行った。
ただただ恐ろしい。
こんな人間がかつてこの世に実在していたのかと、
私は絶句した。
私の中で数日前からイメージが浮かんでいた、
「白い死神」とまさに特徴が一致する。
しかし、
どこか違和感があった。何かが違う。
ピッタリと一致しているのに何かが違う。
私はこの数日間で、ある確信に至っていた。
「白い死神」はほんの十年前まで活動していた...はずだ。
この日本で。日本人として。
このシモ・ヘイヘは、
私の脳内に浮かんだ「白い死神」の特徴を、
さらに明確にするのにとても手助けになった。
私の気になっている人物も、
きっとシモ・ヘイヘのような史上最高のスナイパーで、
奇跡的な戦闘実績があるはずなのだ。
ただ違うのは、
ヘイヘのような昔の大戦時ではなく、現代が舞台であり、
使った武器は銃ではなくて、強い思念による...
いや、わからない。
正確なことは私にはまだわからない。