試合後のインタビューで監督は
「この学校に赴任したのはちょうど2年前の春。
その年にいきなり甲子園に連れてきてもらい、勢いで優勝。
翌年の春季大会も優勝させてもらい、僕としてはそこでもうお腹いっぱいでした。
実はそのタイミングで四校ほど監督のオファーを受けていたのですが、都立高校なので赴任後3年はその学校に勤めなくてはならなく、三年後にまた誘ってくださいとお断りしました。
もう無理だろうと思っていた去年の夏も甲子園に来て、勢いそのままに優勝。
夏二連覇は久しく聞いていなかったので、私としてはもうそこで満足していました。
しかし、彼らは決して満足することなく、常に頂点を見ざし、日々努力を積んできました。
そして今年の夏。
うちの絶対的エースが甲子園目前にして膝の怪我が再発。
治療を余儀なくされました。
エースを欠いたチームはどれほどまでに力が落ちるか、私は過去に何度も見てきたので知っていました。
しかし、彼らは決して落ち込むことなく、むしろ前向きに甲子園に向けて練習を続けていました。
その姿を見た時に、エースの与える影響力の大きさが改めて分かりました。
そして3期連続出場が決まったその日のミーティング。
うちの絶対的守護神イワサキが私に
「コバヤシに背番号を与えてください。
あいつがいない甲子園なんて、楽しくもなんともない。
せめて18…いや、記録員でもいいので!」
そうお願いをしにきた。
そしてその後、3年生が全員揃い、私にコバヤシに背番号渡してくれとお願いされました。
地区予選は20人、それに対し甲子園は18人。
2人削らなければならなく、私は悩んでいた。
そうすると、1年で唯一スタメンに入っていた2人が
「僕らは来年も再来年もあります。
コバヤシさんの勇姿をこの目に焼き付けて、それを目標に来年も再来年も頑張っていきたいんです。
僕らが辞退したらコバヤシさんが入るなら、僕らは2人とも喜んで辞退します。
いや!辞退させてください!
これは情けとか、同情とかではないんです!
コバヤシさんがいない小平西高校硬式野球部は無いようなものです!
お願いします!コバヤシさんに背番号を渡してください!」
そう言ってきた時、私はうちの絶対的エース、コバヤシをメンバーに入れようと決めました。
残念ながら、今年で別の学校への赴任が決まっていて、来年は一緒に青空の下ボールを求めて追いかけることが出来ないですが、彼らなら!
絶対に人生にも、いかなる勝負にも負けないポジティブさを持って育ってくれると思っています。
彼らには感謝しかありません。
改めてこの場を借りてあいつらにお礼を言いたいです。
ありがとう。」
球場からは割れんばかりの拍手と、ありがとう、おつかれと言った激励の言葉が監督に浴びせられた。
そしてその後、僕とイワサキはインタビューを受けた。
「コバヤシくん。
ここまで非常に長く辛い道のりだったと思いますが、何が君を頑張らせたのかな?」
「それは間違いなく、145名の小平西高等学校硬式野球部の選手と6名のマネージャー、ホリタ監督とスズキさん、オガワコーチです。
途中、怪我で何度も挫折を味わい、何度も心が折れました。
けれど、その度に、みんなの笑顔、みんなの汗と涙を見ると自然とやる気になれたんです。
この大会直前に古傷の膝を再び痛めてしまい、みんなに迷惑をかけたと思っています。
けれど、そんな俺を見捨てないで背番号までくれる。
こんなに暖かく、優しいチームに僕は今一度惚れ直しました。」
「今日の8回のピンチ、イワサキくんと何か話していたようだけど、何を話していたのかな?」
「6、7回あたりからボールが浮き始めて、何本か長打を許していたので、8回にもし大ピンチになったらイワサキに代わってくれって頼んでいたんです。
僕としては1アウトランナー1、3塁の場面で正直恐怖を感じていました。
夏三連覇、通算五連覇の重圧に正直体が動きませんでした。
けれど、イワサキを見ると笑顔で「まだいける!」と声をかけてくれて
まだ交代のタイミングじゃ無いな!
そう思い奮起して3、4番を連続三振に切って取れました。
4番を迎えた場面でトダに
「真剣に勝負することはない」
と言われて正直理由がわかりませんでした。
けれど、落ち着いて考えてみるとここまで4本のホームランを放って、打率も4割近く出しているのにこの試合では思ったように打てなくて…
そんな焦りをトダは感じていたのだと思います。
チームの4番って言うのは相当の重圧を背負っているのだと改めて気付きました。
これから先、それぞれ進む道は別かもしれませんが、正直、自分としては今日がベストだったと思います。
もし次、同じチームと戦えと言われたら間違いなく断ります。
それほどまでに気の休まることのない緊迫したベストゲームだったと思います。」
「イワサキくん。
今日の9回、7球目に投じたストレートが大会最速の161キロを記録したことに関してはどう思ってる?」
「もともと細かいコントロールとか、変幻自在な変化球とかで三振を取る投手じゃないのは自分で分かっていたので、一球一球魂込めて投げた結果だと思います。
最後に対戦した3人は僕の野球史史上最も印象深い3人になりました。」
「トダくん、4回の豪快な3ラン、何か意識してたのかな?」
「元々あまり遊び球を投げない投手だと聞いていたので、早め早めに勝負を仕掛けた結果です。
そして何より、今日の試合、コバヤシが投げる以上、点差があれば勝てると信じていたので、少し気が楽になったのもあります。」
「コバヤシくん。
この3年間、陰ながらに君らを支えてくれた三年生唯一のマネージャー、タムラさんに何か一言お願いします。」
「これまで沢山のことで支え、立ち直らせてもらったので、これから先はお互いに支え合って、切磋琢磨して、より高みを目指して成長していきたいと思います。」
「最後に、来年の春、君らの意志を継いで春の甲子園を目指す後輩たちに何かメッセージを。」
「何をしたらいいのか、何を目指したらいいのか、分からなくなったら、とにかく適当な方向に走ってみる!」
「とりあえず、怖がってちゃ何も始まらないんで、恐怖心を好奇心に変えて!」
「怪我だけには注意してください。」
「そういや、そんなことも言ってたな…」
「そんなことも言ってたなじゃないんだよ!
ほら!行くよ!車乗って!」
「お、おう。」
そう言い、タムラは慣れない運転で僕を例の夜景の綺麗な場所に連れてきてくれた。
そこで、僕はタムラに思いの丈を全てぶつけた。
これまでに抱いたことのない喪失感…
悲しみ…
怒り…
心に空いた穴は大きく深くそして治りにくい場所に出来てしまった…
タムラはそれをゆっくり、埋めようとしてくれていた。
結果として、タムラには助けてもらってばかり…
頭が上がらないのはこれがあって以来だ。
「なぁ…タムラ…
ナツミの夢って叶ったのかな…」
「叶ってるよ。
向こうでも何十人の命を救って…
こばちゃんの膝も治してくれたんだから。
この上なく幸せだったと思うよ?」
「タムラの夢…って…何?」
「私の夢?
私は…そうだなぁ…
あんたらボンクラ獣医師が見逃した物を拾ってわざわざ親切に届けてあげることが私らの仕事だから…
夢って言えるのか分からないけど、私は動物看護師として一人前になって、ひたすらに働いていたい。かな?」
「昔からタムラは人に尽くすそうとすることが趣味だよな。
そういう所がナツミと同じで、タムラの好きなところなんだけどね…」
「なに?じゃあ今から付き合っちゃう?」
「馬鹿か。なんでその流れになるんだよ。」
「あ。笑った。
こばちゃん。笑顔、忘れちゃダメだよ?」
「あ。」
「ほら!そろそろ冷えてきて寒いから戻るよ!」
そう言いタムラは車に戻っていく。
ナツミの夢は多分叶っている。
僕はそう思っている。
今ではイスラエルの紛争も無くなり、ナツミの墓標が空爆現場に立っている。
そこには
「親愛なるナツミ
貴女が我々に尽くし、救ってくれたその命の重さをしっかり受け止め、これまでの争いを悔い改、貴女の分まで日本に残る家族、親族に尽くすことをここに誓う。
イスラエル国民一同」
と書かれている。
ナツミの遺してくれたものはとてつもなく大きかった。
僕はそれを一生背負って生きていく覚悟が出来た。
タムラのお陰で、僕は前に向けた。
だからこれからは僕が他のみんなを引っ張っていく番だと心に決め、神宮に向けて練習を再開させた。
3ヶ月の間、しっかり練習をして、万全の体制で神宮に挑む。
一回戦の相手は今年初出場の東京経済大学。
指揮官はなんとイワサキ。
試合前に挨拶に行く。
「イワサキー!久しぶりじゃねぇーかよ!」
「お!!バヤシじゃん!なんでこんなところいるんだよ!」
「実は昨年から硬式野球部の監督に就任してさ。
てか、イワサキも今年一部に上がってその年に出場とは…鈍ってねぇーな!」
「まぁな。ひたすら走らせて、食わせて、寝かせて、体から改造してやったよ笑笑」
「びっくりしたわ。あれ大学生の体つきか!?」
「お前んとこの選手も大層いい体つきのいいやつが多いじゃねぇーかよ笑笑」
「まぁ、うちは学校も広いし、立地も立地だから、とにかく走らせて、食わせたよ笑笑」
「特にあの2番。デケェな!」
「あいつか?
俺が入った時に入学したんだけど、きた時はひょろひょろだったんだぜ?
けど、意志はすごく強かったから、冬は本当に何回も吐きながらも食い続けたら、一冬で40キロ増。全てにおいて記録が跳ね上がったよ!」
「そりゃすげぇな!用心しねぇーと今日は持っていかれそうだな笑笑」
「まぁ、おたがい、出せる力出して、善戦しようぜ!」
「そうだな!」
そう言いイワサキと別れる。